テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆうき あきや
1,550
259
#心理描写重視
第7話:初めての畑仕事と「神獣パワー」
「よし……! これぞ田舎暮らしの醍醐味、自家製野菜の栽培だ!」
午後。澄み渡る北海道の青空の下、俺はホームセンターで買ってきた真新しいクワを握りしめ、気合を入れていた。
昨日の初回配信から一夜明け、俺の【日常チャンネル】はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。朝の時点で8万回だった再生数は、お昼を回る頃にはあっさりと15万回を突破。
『次の配信はいつですか!?』『仕事休んで待機してます!』という熱烈なコメントに押される形で、俺は小春ちゃんに教わった通り、見よう見まねで昼の生配信枠を立ち上げたのだ。
現在の同接(同時接続者数)は、驚異の『1万2千人』。
ただの素人の、しかも猫を映すだけの配信に1万人が群がっているという事実は、何度見ても現実感が湧かない。
『主さん、クワの持ち方ぎこちなくて草』
『完全にデスクワークしかしてこなかった男の構えだ』
『シロ様は今日も美しい……後光が差しておられる……』
縁側に置いた三脚の上のスマホ画面には、ものすごいスピードでコメントが滝のように流れていく。
カメラの画角には、縁側の特等席でぽかぽかと日向ぼっこをしている純白の毛玉――シロと、その背景として荒れ果てた裏庭でクワを構える俺の姿が収まっている。
主役はあくまでシロだが、視聴者からは「主のドタバタ開拓生活と、それを見守る神獣」という構図が謎のウケ方をしているらしい。
「まぁ見ててくれ。この荒れ地を立派なふかふかの畑にして、シロに美味い無農薬野菜を作ってやるからな!」
俺は腕まくりをして、力強くクワを振り上げた。
そして、自分の背丈ほどある雑草の根元に向かって、思い切りクワを振り下ろした。
――ガキィィィンッ!!
「いっっっっっっっっっっっつ!?」
鈍い金属音と共に、腕の骨まで痺れるような強烈な衝撃が走った。
「な、なんだこれ……っ、コンクリートか!?」
慌てて土の表面を見ると、そこには分厚く張り巡らされたスギナなどの頑固な雑草の根と、長年放置されて石のように固く締まった土の層があった。
クワの刃は数ミリほどしか食い込んでおらず、完全に弾き返されていた。
『wwwwww』
『いい音がしたぞww』
『素人が放置された荒れ地を舐めるとこうなる(農家並感)』
『重機入れないと無理なレベルじゃね?』
『主のHPが1削られた』
画面の向こうの1万人が爆笑しているのが手に取るようにわかる。
くそっ、ブラック企業で培った根性を見せてやる!
俺は歯を食いしばり、何度も何度もクワを振り下ろした。
ガキン! ドスッ! バキッ!
「はぁっ……はぁっ……!」
――10分後。
「……無理だろ、これ……」
俺はクワを杖代わりにして、その場に膝から崩れ落ちた。
開墾できたのは、わずか1メートル四方。しかも土の塊がゴロゴロしているだけで、種を撒けるような状態ではない。
手のひらにはすでに真っ赤なマメができ、腰は悲鳴を上げ、全身から滝のように汗が吹き出している。
『お疲れ様ですww』
『スローライフ(ハードモード)』
『もうプランターでいいんじゃないかな』
『ほら、シロ様が呆れた顔で見てるぞ』
コメントの指摘通り、縁側にいるシロが「何やってるの?」とでも言いたげな、サファイアとアンバーのオッドアイでこちらを見つめていた。
「ははっ……シロ、ごめんな。自家製キャットニップへの道は、数ヶ月くらいかかりそうだ……」
息も絶え絶えに苦笑した、その時だった。
『……ミャウ』
シロが、よいしょという感じで縁側から立ち上がった。
そして、優雅な足取りでトコトコと庭に降り立ち、俺のすぐ目の前までやってきた。
「お、おいシロ、こっちは土だらけだから来ない方が……その真っ白な毛が汚れちゃうぞ」
俺が慌てて止めようとするが、シロは全く気にする素振りを見せない。
シロは、俺が10分かけてボロボロにした1メートル四方の土の塊と、その奥に広がる絶望的な荒れ地(約50坪)を交互に見つめた。
そして、「仕方ないわね」とため息をつくように短く鳴くと。
スッ……と、真っ白な右の前足を高く上げた。
そのまま、カチカチに固まった地面に向かって、肉球を軽く落とした。
――ぽんっ。
本当に、ただ猫が前足で地面に触れただけ。
そんな、音すらしないような軽い接触だった。
しかし。
『……え?』
『ん?』
『今、なんか光らなかった……?』
画面の向こうの視聴者たちが、一斉に疑問符を浮かべた。
シロの肉球が触れた土の表面から、波紋のように『淡い真珠色の光』がフワリと広がったのだ。
次の瞬間、俺は自分の目を疑った。
ズザザザザザァァァッ……!!
「は……!?」
シロの前足を中心に、地面がまるで生き物のように『うねり』始めたのだ。
ガチガチに固まっていた土の塊が、目に見えない巨大なミキサーにかけられたかのように、一瞬にして細かく砕け散っていく。
深く根を張っていた雑草たちは、光の波紋に触れた瞬間にスゥッと土の中に溶け込み、跡形もなく消え去る。
波紋は数秒で50坪の荒れ地全体を駆け抜け――ピタリと止まった。
そこにあったのは、雑草だらけの荒れ地ではない。
石ころ一つなく、空気をたっぷりと含んだ、黒々と輝く最高級の腐葉土のような『完璧な畑』だった。
「……………………は?」
俺は持っていたクワを、ポロリと落とした。
言葉が出ない。脳の処理が完全に追いついていない。
『……ミャン!』
シロは「できたわよ!」と誇らしげに胸を張り、ふさふさの尻尾をピンと立てて、俺の足元にスリスリと擦り寄ってきた。
その瞬間、全身の筋肉痛と手のひらのマメの痛みが、嘘のようにスッと消え去った。あのマイナスイオンの超回復だ。
俺は震える足で一歩前へ踏み出し、その土の上にしゃがみ込んで、両手で触れてみた。
「……ふっかふかだ……」
高級な羽毛布団か、焼きたてのシフォンケーキか。
適度な湿り気を帯びた黒土は、指を軽く差し込むだけでズブズブと奥まで入っていく。ほんのりと温かく、生命力に満ちた豊かな土の匂いがした。
トラクターで何十回も耕し、極上の肥料を混ぜ込まなければ絶対に作れないような、奇跡の土壌。それを、この猫は……前足で「ぽん」と叩いただけで作り出したのだ。
「お前……本当に、何者なんだ……?」
俺が呆然とシロを見下ろしている間。
配信のチャット欄は、完全に停止していた。
おそらく1万2千人の視聴者全員が、画面の前で口をポカンと開けて固まっていたのだろう。
そして、5秒の静寂の後。
堰を切ったように、チャット欄が爆発した。
『は??????????』
『え、え、え、え、え!?』
『CG!? 今のCG!? ライブ配信でどうやってんの!?』
『土が……一瞬で畑になったんだが……?』
『おい、今の光なんだよ! 猫の手から光が出たぞ!?』
『魔法……いや、豊穣の女神か何かか!?』
『草が一瞬で消えたぞ! 嘘だろ!?』
『俺、農家だけど、あんな黒々とした極上の土、見たことない……』
『【MeTubeのギフト:¥50,000】神の奇跡を見た。お布施です』
次々と飛び交う大文字のコメントと、怒涛のように投げられ始めた高額ギフトの雨。
「……なぁ、シロ」
『ニャァ?』
「スローライフって、魔法も込みのジャンルだったっけ?」
俺の力ない問いかけに、シロはただ可愛らしく小首を傾げるだけだった。
俺はそっと、ふかふかの黒土の上に仰向けに大の字になって倒れ込んだ。
背中を包み込む柔らかな土の感触と、シロがもたらしてくれる神聖な癒やしのオーラ。
もう、細かいことを考えるのはやめよう。
俺の『ストレスゼロの田舎暮らし』は、どうやら完全に人知を超えたフェーズに突入してしまったらしい。
コメント
1件
めっちゃ面白かった!シロの「ぽん」で一瞬で畑が完成するの、想像の斜め上すぎて笑ったわw あのコメント欄の爆発っぷりとか、ギフトの雨とか、視聴者と同じリアクションしちゃったよ。主人公の「スローライフって魔法も込み?」って問いかけに全力で同意。これからどんな展開になるんだろ、めちゃくちゃ気になる!