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これはフィクションではなく事実の告白なのではないか?
一体、どんな感情でこれを書き、演じさせている? つらくないのか?
果たして自分が同じ事をしようとしたら、耐えられるだろうか?
そう考えた観客たちが現実の令嬢を見ると、令嬢は厳かに劇を見続けていた。
劇場を通して、自分の身に降りかかった現実と向き合うような。そんな瞳で。
声と容姿はまるで幼い子供のようだが、精神的には成熟しているのかもしれない。
これまであった「まぁ、小さい子が初めて作った劇だし。最後まで見てやるか」なんて浮ついた憐憫は失われた。
一人の少女が自らをさらけ出してまで訴えようとした現実に、我々も向き合うべきだと襟を正す。
主役の令嬢役も悲しいが、悪役達も悲しい人々だった。
父親役は今は亡き妻を愛するあまり、実の娘を恨み。
継母役は愛する者に裏切られたことで、誰も愛さなくなっていた。
連れ子役はただ愛されたかった。
だから父母のマネをして、どうにか自分だけは酷い目に遭わないように必死になっている。
誰もに虐げられている令嬢役だけが全員を愛していたが、誰にも気づいてもらえない。
誰にもというのは語弊があった。
猫がいた。猫だけは令嬢に寄り添い、心が通じていた。
舞台中盤で、その猫が殺される。
継母の凶行に観客達は騒然となった。
舞台は徐々に暗くなり、令嬢は絶望し、食事もとらずに衰弱していく。
高笑いする両親にマネする連れ子。
バッドエンドに踏み込むその寸前、奇跡が起こった。
魔力灯が輝き、明るくなった舞台に黒髪の王子が現れる。
令嬢は一目で彼が誰かを見抜く、あの時に死んだ猫だ。
猫には九つの命があり、今回失われたのはその一つ。
命はまだ八つ残っていると、語り部が説明する。
確かに言い伝えではよくそう言われるが、実際はそんなことはない。あらゆるものは死ねばそれで終わりだが、これは劇だ。それを口にするのは野暮というものである。
猫王子は首肯し、令嬢の手を取って地下室から出ようとすると、あのいじわるな継母とばったり出会ってしまう。
「また猫が入り込んで、早く出て行きなさい!」
どうやら継母には猫王子も令嬢も本物の猫のように見えているようだった。
おそらくは猫王子が魔法で令嬢を猫に変身させたのだろう。
猫に命がたくさんある世界だ。猫に変身するくらい不思議はない。
「あら? あの子がいないわ。どこへ逃げたの!?」
継母は娘を目の前にしても、それが娘と気づけぬまま慌てふためく。
令嬢は手を引かれ、森の中へ。
人間の役者が演じる猫たちに同情され、おいしい料理をたくさん食べて、みんなと同じ寝床でぐっすり眠った。顔を舐めるような演技は上品で、汚らしさを感じさせない。
幸いなことに猫たちはどこまでいっても猫なので、そこまでの賢さはなかった。令嬢が何をしても「こんなことは初めてだ」と驚いて褒めそやしてくれる。
褒められるというのは嬉しいものである。令嬢は時たま人間の姿に戻り、火を起こしたり、本を読んだりしているうちに猫の生活は豊かになっていった。
「ネズミより、焼き魚のがおいしいね!」
すっかり森の人気者である。
一方、継母たちの住む伯爵家の領地には疫病が蔓延していた。
猫がネズミをとらなくなった為、病気を運ぶネズミが溢れるほどに増えたのだ。
ネズミ一匹殺すのはわけないが、千も万もとなればどうしようもない。
その上、殺しても死体は残り。そこから病気が広がっていく。
罪もない人々が疫病の波に襲われ、倒れていく様に人々は戦慄した。
体中の関節が固まり、熱が出て、動こうとしても動けない。
しかも、感染するものだから、誰もが誰もを助けなくなる。
助ける者もいるにはいるが、助ける者から死んでいくのだ。
この病はネズミ病。
百年前この大陸で流行したと語られる最悪の病だった。
伯爵家にて。
連れ子は病に倒れ死に、父と継母が罵り合う。
あまりにも鋭いやりとりなので言葉のすべてはわからないが、どうやら連れ子が死んだ責任を押しつけあっているようだった。
コンコンコン。
そこにボロを着た民衆らしき群れが、扉をノックした。
お前達ばかりいい思いをしやがって、俺達にも金をよこせ。そんなところだろうか。
しかし、その観客の想像は裏切られる。
群れの着るボロはすべてネズミ色である。
「チューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチューチュー」
役者たちがチューチュー言いながら、怒濤のように押し寄せてくる。なるほどこれはネズミ役だ。その上疫病の役でもあるのか、あらん限りに暴れ回り、破壊し尽くして。最後には舞台の袖に消えていった。
最後に残ったのは身体中の関節が固まり、無残にも蝋人形のようになった家族の姿。
舞台裏から少女のかわいらしい笑い声が響き、傲慢な高笑いへと変わっていく。
これまでの劇で散々聞き続けた、あの悪役令嬢の高笑いである。
最後に猫がにゃーんと鳴いて、舞台の幕がおりた。