キッパリと言い切った声。
その声に、ここまでの安心をもらってしまうなんて予想していなかった。
――心の中の本当のことを伝えていいの?
いつも誰といてもわからなかった。
頭で考えるばかりの人との会話は、いつの間にかただただ真衣香を萎縮させるものになっていた。
(予想外ばかりなのは坪井くんの方なんだよ)
つまらない女だという自覚だって、もちろんあるというのに。
(目を離したくないなんて、そんな、そんなの)
真衣香がどれほど欲した言葉か、きっと坪井は知らないのだろうけど。
夢ならば覚めないでいてほしい幸せが、目の前の人物が。
どうしようもなく愛おしい。
「こんな面倒ごと言い出したらもう付き合ってくれなくなっちゃうかもって思ったの」
「いや、それどっちかてゆーと俺のセリフじゃない?」
湧き出る苦味を、甘さで覆って、繰り返して。
真衣香の恋を言葉にするならばきっとそうだ。
心に巣食う苦味は、ひとりでは甘くすることができない。
「いつも考えてばっかりなの、私。 でもそうだよね、答えは目の前の、その人の心の中にしかないのにね……ありがと坪井くん」
嬉しいと好きが溢れて、堪らなくて。
真衣香の頰に触れる、暖かく大きな坪井の手のひら。 それに自分の手のひらを重ねて。
ギュッと握りしめ頬擦りをした。
「……っ、ちょ、立花」
ワンテンポ遅れた坪井の反応に、空気が揺れた。
それは、きっと真衣香の行動に対しての坪井の戸惑いだろう。
けれど真衣香の心は揺れなかった。
(不思議だなぁ、いつもの私なら多分すぐに変なことしてごめんなさいって飛び退くのに)
けれど、しない。
〝嫌だ〟と思ったのならこの場で言ってくれるだろうから、だ。
伝えるべきことは伝えてくれる人なのだと、きっと本当の意味で……真衣香が坪井へ信頼を寄せてしまった瞬間だった。
真衣香自信も、それを実感しながら坪井の体温を感じ続けていた。
「私、坪井くんと比べたら本当に何もわかってないと思う。恋人同士の男女ってどんな距離にいるのか、どんなふうに一緒にいるのか」
「どんなふうにって?」
坪井の、掠れた声が返ってくる。
真衣香はコクリと僅かに首を動かし小さく頷いた。
「坪井くんが全部教えて、私に。坪井くんにとって恥ずかしくない……ちゃんとした彼女になっていけたらいいなって思ったから」
〝いつか胸を張って隣を歩けるように〟では、ダメなんだ。
〝いつか〟を少しでも早く。そんな努力を。
それはきっと、相手を煩わせない道に繋がる。
「は、はは……、お前ね、ダメじゃん。 そんな言い方したら男ってすぐ調子のるし」
なんとなく弱々しい声がして、坪井が真衣香の頰から手を離した。
自然と重ねていた真衣香の手は行き場を失って宙を舞い、落ちる。
それと同時、身体が離れて行こうとした。
(あ、嫌だ)
その、目の前の光景をどうしようもなく名残惜しく感じてしまい、真衣香は咄嗟にスーツの裾を軽く引く。
「大好き、坪井くん」
「――え?」
立ち上がりかけた坪井が、数度瞬いて真衣香を見下ろす。
「って、うお!?」
数秒無言で互いを眺め合い、真衣香が自分の発した言葉を理解するよりも前に。
坪井の驚いたような大きな声と椅子が倒れた音がフロアに響いた。
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