コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「え……、え!? つ、坪井くん!?」
「ったた、いってぇ……」
「ど、どどどうしたの!? 大丈夫!?」
坪井が立ち上がろうとして体制を崩したのか、座り込んで痛みを訴えているではないか。
「いや、どうしたのって……」
そして恨めしそうに真衣香を見上げているかと思えば、すぐに目を逸らす。
「……お前がどうしたの、え、マジでちょっと心臓に悪いって」
「心臓……」
普段、そして例外なく今日も。
坪井は基本的に人の目を見て話す人間だ。
その坪井が真衣香と視線を合わそうとしない。
(どうしたって言うんだ、ろ……)
「……って、あああ!?」
「な、なんだよ、今度は何?」
突然の真衣香の大声に立ち上がり座り直そうとしていた坪井が驚き動きを止めた。
「も、もしか、して私! 口に出して言ってたの!?」
「…………勘弁してくださいよ立花さん」
疲れ切ったように抑揚のない声が返ってきたかと思えば、次は頭を抱えて悩ましい声を出した。
「もうやだ……、俺お前といるとめちゃくちゃダサいの」
どの辺がダサいというのか? 全く理解できない真衣香だが、まさか『いつもかっこいいと思うけど』など今この失態の中、本心を暴露してしまうわけにはいかず。
唇をもぞもぞと甘噛みしながら黙り込んでいると。
「……っと、はは、流石に仕事戻らないとな」
坪井の声が切り替わった。
「あ! ご、ごめん、坪井くん忙しいのに」
真衣香が言うと笑いながら首を振って「いや、今日は午前中暇だし、仕事は余裕なんだけどね〜」
と、すっかりおどけた声の坪井と目が合う。
真衣香の視線が自分に向いているとわかった坪井は、立ち上がりながら笑顔を見せて言った。
「仕事、余裕なんだけど。これ以上おまえといたら、勤務中に性行為! とかでクビになりそうだからさ〜、営業部戻るね」
「な、何言ってるの坪井くん!?!?」
「ははは、冗談だって〜。 でも、ま。 ヤっちゃう奴の気持ちも理解したって話で」
その言葉に真衣香が声を返すよりも前に。
「で、戻る前にさ、とりあえずもう一回謝ってから行かせて」
付け加えられた言葉。
また空気が変わる。
そろそろ慣れなければ、心が休まらない。
「あ、謝るって、もう何度も……」
強く見つめられ、逸らされない坪井の瞳。
やはり至近距離には慣れない。 視線を落とすと真衣香の額に唇が触れた。
驚き、勢いよく上を見れば。
それを見越したように目の前でブラウンの瞳が揺れる。
その中に真衣香は自分の姿を見つけ、ゆらゆら見つめながら。
やがて鼻先が触れ合って、吐息が交わり湿り気を帯びていく。
「ごめん、俺情けないよね。問答無用で助けるとか言っといて」
数日前の朝の会話を思い出す。
あの時もこんな風にドキドキして坪井を見てた。
けれど今よりももっと、信じられない気持ちを抱いてた。
「そんなことない」と返したかったのに、それは触れ合うだけの短いキスで閉じ込められた。
「坪井くん、か……会社だよ」
「次はミスんないから、俺も、ちゃんとお前の彼氏になっていきたいって思ってるから。それだけ信じてて」
眉を下げて、切なげに笑顔を見せた。
そしてすぐに甘えるような声で「あと、もう一回だけキスしといていい?」と、言ったかと思えば。
それはもういつもの悪戯な笑顔だったのだ。
翻弄されるように真衣香は頷いた。
坪井のペースに乱されていると、つい、ここが会社だと忘れそうになるのだから困ったものだ。