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──業務が終了した後に、車を走らせてとある場所へ向かった。
クリニックから自宅マンションまで車で数分もかからないのに、わざわざ自動車通勤をしているのは、
こんな風にたまにふらりと出かけたくなることがあるからだった。
高速を飛ばし、ハンドルを駆ってカーブの多い山道を上がって行く。
もう何度も訪れたその場所に辿り着くと、車から外へ降りた。
相変わらず此処には誰もいない。背の低い柵に手をかけて下を眺めると、斜面を覆うすすきの穂が風に音もなく揺れていた。
揺らぐ白い穂先が、心を凪いでいくようにも感じる。
涙が零れそうにもなって、何故泣くんだと思った。
泣いたところでもう何も変わるわけでもないのに、溢れ出す涙は止まらなかった。
メガネを外して、顔に片手を当てると嗚咽が漏れた。
こんな姿を誰にも見せられない……ここが誰もいない場所で良かった……。
誰もいない、か……寂しいくらいに閑かなこの地に、いつか誰かと共に来られることはあるんだろうか?
まるで心象風景を表すかのようなこの景色を、誰かと見たりする日は訪れるんだろうか……そこまで考えて、永遠にないだろうと悟った。
自分は誰にも本心を見せることはできない──それはきっとこの先も変わらずに、ずっと独りきりでこの景色を見るしかないのだと感じると、
涙はまた新たに頬を伝い落ちた──。