大して酔うこともできないアルコールを飲み自分自身を誤魔化して、無理やりに眠る日々が続いたある日の開院時──
「今日から新しく入ることになった、永瀬 智香さんです」
と、新人の紹介を受けた。
こないだ受付を辞めた彼女の埋め合わせかと視線を向けると、ふいと目が逸らされた。
見つめた目を逸らされたようなことはかつて一度もなく、僅かな動揺が走る。
女性などは見つめれば誰もが恥じらうようにも感じていたのを、不審感を顕わにされたことにどこか納得のいかないような思いが俄かに湧き上がった……。
まるで私を避けるかのような些細なその仕草は気になりはしたが、松原さんに釘を刺されていたこともあり敢えて彼女に仕掛けてみるつもりもなく、しばらくは通常の業務が何事もなく過ぎて行った……。
そうして、彼女もクリニックのスタッフとして馴染んできた頃──
帰り支度をしていると、診療ルームのドアをコンコンとノックする音とともに、
「あの、今日のカルテをいただいてくるよう松原さんから頼まれて」
ドアを開いて、彼女……永瀬さんが診療ルームを訪れた。
「ああ、わかりました」
未だ警戒をしている素振りが窺い知れるのに、一体こちらにどんな非があるとでもとやや苛立ちを憶えつつ、デスクの上で揃えたカルテを手渡そうとしたら、
ふと互いの手が触れ合った。
瞬間、ビクッと彼女が手を引いたせいで、カルテがバラバラと床に落ちて散らばった。
「あっ、すいません!」
慌てて拾い上げる彼女の傍らに、「私も、拾いますよ…」と、片膝をついて一枚ずつを手に取った。
「あの…手伝っていただかなくても、大丈夫ですから」
声に怯えているような微かな震えが混じり、腰も僅かに後ろに引けているように感じられる。
そうまで明からさまな恐れる態度を取られては黙ってもいられなくなり、アプローチをかけてみるなら今しかないように思えて、
「……君、私に恐怖心を抱いていますよね?」
と、わざと口に出して、彼女を挑発した──。
「いえ、別に…」
言いよどむ彼女に、「別にではありませんよね」にじり寄り、言いつのる。
また少し後ろへ足をずらし、距離を取られた気がして、
単純に自分の外見になびかない女性がいることに、ふと興味が湧いた。
彼女は、私の一体どこを見ているんだろうか……。
仮面を被り覆い隠した心の奥底がまさか覗かれていて……とも考えて、そんなわけもないと思う。
この取り澄ました顔の内側に巧妙に隠し通したはずの別の顔など、簡単に見抜けるわけもない……。
……興味ついでに誘った食事が拒絶されて、そんなことすらも初めてに感じる。
今までこちらからアプローチを仕掛けて、断られたことなどはついぞなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!