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「ソファーで寝落ちしちゃったから『ベッドに行けば?』って言ったの」
母の言葉を聞きながら、
(確かにお父さん、毎日私より先に家を出て、私より遅く帰宅しているもんね)
と思った結葉だ。
(疲れていて当然だよね)
そう思うと同時に、
(今日はやっぱりバスで行って正解だったな)
とも思った。
父親に迷惑をかけなくて良かったという気持ちももちろんあるけれど、もし結葉を溺愛している父と一緒だったなら、御庄先生からあんな申し出もなかったかも知れない。
あったとしても、自分もついうっかり「お願いします」なんて話にもならなかった気がしたから。
「――で、どうだったの?」
御庄先生のことを思い出して思わずトクンッと心臓が跳ねて、(あの先生、すっごくかっこよかったなぁ)と思っていたら、母親から急に水を向けられて。
結葉は余計にドキッとしてしまった。
「どっ、どうって……」
そこで一瞬口ごもってから「す、すごく……感じのいい先生だった、よ?」と母親の方を見ないでつぶやく。
何だかいま美鳥に顔を見られたら、変な勘ぐりを入れられそうで怖かったからなのだけれど、どうしてそんなことを思ってしまったのかは、結葉自身にもよく分かっていなくて。
「すっごくいい男だったのね」
なのにさすが母親というべきか。
美鳥の確信めいた言葉に、結葉はカップを持つ手がピクッと跳ねた。
「な、なんでそんなこと……っ」
ソワソワと視線を彷徨わせながら言ったら、「あの病院の院長先生がハンサムっていうのは満場一致でよく聞く話だもん」と美鳥が笑う。
その言葉に結葉は観念したように「……芸能人かと思うくらいハンサムな先生だった」と溜め息を落とす。
正直、幼なじみの想以外に、結葉があんなに胸をときめかせたのは初めてかも知れない。
「もし先生とうまくいったら、想くんのこと、諦められそう?」
母親に労わるような声音を投げかけられて、今度こそ結葉は驚いてしまった。
想に片思いをしている話を、結葉は両親のどちらにも言った覚えなんてなかったからだ。
「えっ」
驚きの声を発すると同時に美鳥の方を見たら、「気付いてないと思ってた?」と淡く微笑まれて。
その言葉に真っ赤になってうつむいたら、「何年貴女のお母さんをやってると思ってるの?」って頭をふんわり撫でられた。
「だからね、想くんに彼女が出来たって聞いた時、お母さんゆいちゃんのこと心配だったの。だけど――」
そこで結葉の方にくるりと身体ごと向き直ると、美鳥がにっこり微笑む。
「さっき福ちゃんと一緒に帰って来たゆいちゃんの表情を見てね、お母さん『あれ?』って思ったのよ?」
美鳥の言葉に結葉はただただ困惑して瞳を見開くばかり。
無意識に包み込むように手のひら全体でカップを握ってしまっていて、熱さにハッとして手を緩めて。
「お母さん……」
母を見つめてそう声を発してみたものの、そこから何と続けたらいいのか分からなくて口ごもった結葉に、美鳥が続けた。
「実はね、貴女がハムスターを飼いたいって言い始めた頃にね」
言って、おもむろに美鳥が立ち上がる。
リビングにあるチェストからA4サイズくらいの封書を手に戻ってくると、結葉に差し出してきた。
「……?」
――これ、何?
そんな気持ちを込めて結葉が美鳥を見つめたら、無言で開けてみるように促された。
その視線に、結葉が不思議に思いながら封書を開けてみると、中には一葉の紙片と白い二つ折りの台紙が入っていて。
恐る恐るそれらを取り出して視線を落とした結葉は息を呑んだ。
「お母さんっ、これ……」
中には先程福助を連れて会ってきたばかりの相手、御庄偉央の釣書と、彼のスーツ姿の写真が入っていた。
「ゆいちゃん、ずっと想くんばかり見てたでしょう? お母さん、ゆいちゃんには幸せになって欲しくて。でも……だからって無理矢理違う人に会ってみない?っていうのも違う気がして……。お父さんと2人、このお話を進めるべきか否か、ずっと迷っていたの」
父茂雄の勤め先の上司が、今時珍しく見合いの世話人をするのが好きな人で、御庄家の一人っ子である偉央の見合い相手を探していたらしい。
今現在30歳の偉央と、22歳の結葉の間には歳の差が八つ。
見目が麗しい上、とても優秀な人材だという話は上司から散々聞かされていたけれど、茂雄にとって偉央は娘の相手としては歳が離れすぎていて「うちの娘とかどうでしょう?」みたいな気持ちにはならなかったそうだ。
「誰かいい女性が見つかったら真っ先に部長にお声を掛けますよ」
そう言って笑った茂雄だった。
そもそも一人娘の結葉が、隣に住む幼なじみにずっと片思いしていたのは茂雄も知っていたし、娘の一途な思いを考えると、別の男を勧めてみる気にはなれなかったのだ。
だけど。