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家でたまたま妻――美鳥にその話をしたら、「想くんには彼女が出来て家を出たみたい」と聞かされて。
娘の耳にそのことが入るのも、そう遠い未来ではないだろうねと夫婦で溜め息をついた。
「年は離れていますが、うちの娘とかいかがでしょう?って部長さんに打診してみたら?」
そう美鳥が茂雄に提案していた矢先だったのだという。
結葉が、ハムスターを飼いたいと二人に持ちかけてきたのは。
「ゆいちゃんには悪いと思ったんだけど……何だかこれもご縁なんじゃないかと思っちゃって。お母さん、お父さんに頼んで先方さんにゆいちゃんの釣書と写真、渡してもらったの」
写真は二年ほど前のものだけど、そんなに見た目が変わっていないから、と成人式の時に振り袖を着て撮ったものを使ったらしい。
ハムスターのことももちろん、結葉がその少し前に、想の彼女絡みでのアレコレを、想の父親経由で聞かされたことを知った小林夫妻としては、藁にもすがる気持ちだったのだ。
とりあえず向こうが結葉のことを気に入ってくれたなら、一度ハムスターに託けて、娘を偉央の経営している動物病院へ送り出してみよう、と茂雄と話して。
「あちらは結葉のことをとても気に入って下さったらしい」
是非すぐにでも話を進めたいと言われたのを、事情を話して少しだけ待ってもらって、美鳥は結葉に福助の通院先として『みしょう動物病院』を勧めた。
ついでにそこの先生がすごくハンサムなのだという情報も添えて、意図的に結葉がそれを意識するように仕向けて――。
偉央の方には、世話人を通じて、結葉が事情を全く知らない、ただの患者の飼い主として病院を訪れる旨を伝えた。
まるで奇跡みたいに、偉央の専門が小動物だったことにも、茂雄とふたり縁のようなものを感じて、勝手に盛り上がってしまったのだと美鳥は言った。
結葉の反応を見て、娘も満更ではなかったと思った美鳥は、今こうして結葉に全てを打ち明けたのだ。
「御庄先生、ゆいちゃんに何も言わなかった?」
きっと、今日結葉が行った際、釣書を見ている偉央は結葉が見合い相手になるかもしれない女性だとすぐに気が付いたはずなのだ。
何らかのリアクションはなかったのかと美鳥が気にするのも無理はないことだろう。
「べっ、別に何も――」
強いて言えば、診察室に入ってすぐ、結葉がキョロキョロ室内を見回していたのを、静かに見守ってくれていたことが引っ掛かった結葉だ。
普通ならすぐにでも声を掛けて、結葉の暴走を止めた方がスムーズに診察が進んだはずで。
それをしなかったのは、もしかしたら偉央の方も診察室を見回す自分を観察していたのかも知れないと気が付いて、結葉はにわかに恥ずかしくなる。
「わ、私っ、診察室でキョロキョロしちゃって……」
突然恥ずかしそうに俯いた娘を見て、美鳥が小首を傾げた。
「御庄先生、何も言わずに私が先生の存在に気付くのを、待ってて下さってた……気がする……」
その時、偉央がどこを見ていたのかとか、何を考えていたのかまでは結葉には知る由もないのだけれど。
「それだけ?」
美鳥が結葉の横に再度腰掛けて問うてきて……。
結葉は「往診……」とつぶやいた。
「福助の飼育環境を見たいから……って。往診ついでにうちに寄りましょうか?って……言われた」
実はこれ、結葉が、帰宅後真っ先に両親に聞きたかったことだ。
思わず成り行きで「お願いします」とか言ってしまったけれど、
〝――御庄先生が家にきても大丈夫か否か〟
それをふたりに確認してから、OKならいつが都合がいいかを煮詰めていかないと、と思っていた。
「ゆいちゃんは先生に何てお答えしたの?」
美鳥が優しく手に触れてきて、結葉はグルグルと自分の中だけで考えていた思考を止めて、小さく吐息を落とした。
「つい勢いで『お願いします』って言っちゃって。でもお母さんたちの都合を聞かなくちゃって思い直して。両親に聞いて、またご連絡差し上げたんでも構いませんか、って……お話した……」
そんな結葉に、偉央は「ではどうなったか、直接僕の携帯に掛けていただけますか?」と、自分の携帯番号をメモ用紙に走り書きして、結葉に渡してきたのだった。
「私の携帯番号は問診票に書いてあったからお伝えしなかったのだけど」
何だか色々種明かしをされた後で、今日の先生とのやりとりを考えたら、無性に恥ずかしくなってきてしまった結葉だ。
「お母さんっ、御庄先生……私のこと」
ソワソワと言い募る娘を見て、少なくとも御庄偉央の方は、実物の結葉を見ても幻滅はしなかったのだろうと……。
いや寧ろもっと気に入って下さったのではないかと、美鳥はそんな風に思った。