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転校してきた殺し屋君 第1章:偽物の日常第3話:繋がりそうな糸
「起立! 気をつけ! ……玲(れい)!!」 指谷ホルビーの元気な号令が教室に響く。 「指谷君。礼(れい)の字が違う。それは人の名前だ」 前川先生の冷静なツッコミに、指谷が「すみません!」と頭をかく。 「やり直し。起立、気をつけ、例!」 「それも違う」 「起立、気をつけ……札(ふだ)!!」 「木へんじゃない方だって言ったでしょ! もう、ひらがなで書くからこれを読みなさい」 ようやく「れい」という号令で授業が終わる頃には、五分以上の時間が経過していた。
「……授業の挨拶だけで五分。この学校、平和すぎないか?」 俺――凪浩一は、隣の席の斎藤雅弘に苦笑いを見せた。 「あいつは中一からずっとあんな感じだよ。最近じゃ『ボケてきた』なんて言ってるけどな」 「それなら施設を予約してやるよ、おじいちゃん」 斎藤の鋭いツッコミに指谷が「ボケただけなのに!」と騒いでいる。
そんな騒がしい日常の裏で、俺の「本能」が警報を鳴らしたのは放課後のことだった。 (……尾行されている) 相手の足音だけで、性別、身長、体重、おおよその年齢までわかる。気配は薄いが、殺意はない。 俺は人気のない裏道へと誘い込み、足を止めた。 「いい加減、追いかけるのはやめろ」
振り返ると、そこにいたのは怯えた表情の海沼玲亜だった。 「ご、ごめんなさい……!」 「なんだ、海沼か。……俺に何か用か?」 「昨日の……お礼を言いたくて。それで、あの……」 彼女は顔を赤くし、指先を弄びながら消え入りそうな声で言った。 「よ、よければ、私の家に来てほしいな、なんて……」
彼女の案内で向かったのは、中学校近くの古い洋館のような建物だった。 「シェアハウスなんだ。中学生が珍しいな」 「うん……今は誰もいないから、入って」 一歩、足を踏み入れた瞬間だった。 (……っ!?) 空気が変わった。湿り気を帯びたような、肺にまとわりつく重い空気。 海沼が飲み物を取りに行っている間、俺は部屋の隅々をスキャンする。表向きはただの住宅だが、生活感が薄すぎる。
「昨日は、本当にありがとう」 海沼は少し話すと、「お礼が言えたから、もう帰ったほうがいいよ」と俺を促した。 「……そうか。じゃあな」 玄関に向かおうと背を向けた瞬間、背筋に強烈な「殺気」が走った。 即座に振り返るが、そこには悲しげな瞳をした海沼が立っているだけだった。
その夜、擬似的な「父」である佐江宮が帰宅した。 「すまない、遅くなった!」 「いいよ。掃除も洗濯も、宿題も全部終わってる。飯にするか?」 「お前……相変わらず家事の精度がプロ級だな」 組織で一番の「掃除屋」でもある俺にとって、部屋の汚れを消すのは、ターゲットを消すより容易いことだ。 二人でオムライスを囲みながら、俺は今日感じた「違和感」を反芻していた。
翌日。 「浩一! ドッジボールしようぜ!」 斎藤の誘いを「行けたら行く(行かない)」と流し、俺は確信に触れる質問を投げた。 「……なあ。あの自殺した奴のこと、何か覚えてるか?」 「あいつ? 明るい奴だったよ。家庭科の時間なんて一流シェフみたいに手際が良くてさ。でも……いつも一人だったな」
情報を整理しようと図書室へ向かう途中、廊下の曲がり角で影が動いた。 「話ってなんだよ、指谷」 そこにいたのは、今朝まで札(ふだ)だの玲(れい)だのとボケていた指谷ホルビーだった。 その瞳からは、一切の「ボケ」が消えている。
「話したいことは一つだけだよ」 指谷の声は低く、そして冷たかった。 「あいつの死んだ理由を調べてるんだろ」 俺の体が、戦闘態勢に移行する。 「……なぜそれを知っている」 「今すぐやめろ。深入りすれば、お前も『消える』ぞ」 指谷は俺の背後の体育館を指差した。 「あんまり怖い顔すんなよ。ほら、みんながドッジボールに誘ってる。……『普通』でいたいなら、あっちへ行け」
「……この顔は生まれつきだ。それより、忠告には感謝しておくよ」 俺は指谷の横をすり抜けながら、耳元で囁いた。 「だが、止める気はない。俺はもう、鉄の味には飽きてるんだ」
指谷の表情が、一瞬だけ歪んだ。 敵か、味方か。 見えない糸が、静かに、だが確実に絡み合い始めていた。
(つづく)
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