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あれこれ考えをめぐらすノアに気付いていないのか、ローガンは座ったままクリスティーナの腰に手を回す。
ここでわざわざ、二人がくっつく意味はあるのかと疑問に思うが、ノアにとってはニワトリとキノコの戯れなど究極に興味がない。
「───じゃあ、本題に入ろうか」
「ええ、そうですわね」
ノアはローガン達を無視して、ローガン達はノアを無視している。
互いを無視する形で進行しているこの状況は、おおよそ会話とは呼べない状況だが、ローガンの口が閉じることはない。
「ノア嬢、私は君と取引をしようと思ってね、今日ここに招いたんだ」
取引とは、対等な相手とするものである。
だから「ちょっと面貸しな」的な感じで呼び出された時点で、もうこれは取引というより恐喝と呼ぶべきだろう。
しかしノアはローガンの揚げ足を取ることはしない。自分にとって利になるものとは到底思えないが、アシェルに関わることなら、ひと欠片の言葉も聞き逃したくはなかった。
そんなノアの想いを見抜いたかどうかはわからないが、ローガンはひどくゆっくりとした口調でこう切り出した。
「君がクリスティーナの侍女になってくれるなら、ここにいる除籍処分となったフレシアさんを、また宮廷魔術師団に戻してあげよう。どうだい?」
まさかここでフレシアの名を出されるとは思ってもみなかったノアは困惑する。
(……いや、どうだいと言われても)
一度も宮廷魔術師生活に戻りたいとぼやくフレシアを見たことがないし、それに当の本人がここにいるのだから、戻りたいか戻りたくないかは直接聞いたほうが早いはずだ。
そうノアが主張しようと思ったが、それより先に壁と同化中のフレシアが口を開いた。
「わたくしは、宮廷魔術師団に戻る気はございません。それに、あんな反吐の集まりのような場所など金輪際立ち入りたくもありません。ロクな知識もないくせに、見栄ばかり張る連中と同じ空気を吸わないといけないなど冗談じゃないです。そんな愚かな取引を、ノア様に持ち掛けないでくださいませ」
凛としたフレシアの声は、虚勢を張っているものではなかった。
しかしながら、そこそこ仲良しの兄が所属している場所を反吐呼ばわりするのはいただけない。
いやいやそれより、無口なフレシアが流暢に喋る様に、ノアは全部の感情を持っていかれてしまっていた。
ローガンとクリスティーナも、あんぐりと口を開けて固まっている。
部屋が変な空気に満たされる中、ノアはのろのろと席を立つ。
ここでくだらなすぎる時間を過ごすより、まだグレイアス先生の授業を受ける方がマシだ。
立ち上がったノアは、フレシアに眼で合図すると、そそくさと扉へと向かった。
言われた通りここに来て、取引の内容まで聞いてあげた。
一応義理は果たしたのだから、不義理だとか、不敬罪とか言われる筋合いはないだろう。
しかしノアは、貴族ではなく市井の人間である。
街中ではそれで通りが通るかもしれないが、ここは王城。庶民のルールは通用しない。
「待ちなさい、ノア嬢。話はまだ終わっていない」
「そうよ。殿下がいらっしゃるのに途中退席など、失礼にも程があるわ。お座りなさい」
付属のはずのクリスティーナの方が引き留める文字数が多いことに、彼女の自己主張がしっかり現れているなと思ったけれど、口に出すことをはせずトコトコと出口扉に向かう。
でも、次の瞬間、ノアの足が止まった。
「君が過ごした孤児院だけれど、大層お金に困っているようだね」
「な……っ!」
ローガンの言葉に、ノアは不覚にも身体ごと振り返ってしまった。
対してローガンは、これまで徹底してノーリアクションだったノアが反応を示してさぞや嬉しかったのだろう。にんまりと笑う。クリスティーナも、同じく。
「あの孤児院は私設孤児院だけれど、国営地に建てられたものだ。しかも格安の地代のはずなのに、もう何年も支払いを滞っているようだね。知っていたか?」
「……いえ」
とても悔しいが、ノアは孤児院のお財布状況を把握していない。
子供がそんなことを気にするなとロキ院長が、教えてくれなかったのだ。
(もうっ、こんな形で知るくらいなら無理矢理にでも聞き出しておけばよかった!)
歯噛みしていても、ロキ院長の言い分はわかる。
自分が院長と同じ立場になったら、きっと子供達に教えない。しつこく聞かれたら、菓子の一つでも投げて気を逸らす。
でも今のノアは、孤児院を支える側だ。毎月せっせと仕送りしていたけれど、そんなものじゃ足りないくらい厳しい経済状況だったことを知れば、己の無力さが悔しくて堪らない。
暴れ出したい衝動を抑えるために、ぐっと唇を噛む。
多分今は、人生で一番冷静にならなくてはならない時だ。
(貧乏なのは疑いようのない事実だ。でも……ロキ院長は政府が孤児院を建て直してくれるって言っていた。だから地代を払っていないというローガンの話はおかしい。だって、政府は血も涙もない奴らだって市場のおっちゃんが言ってたもん!払うもん払っていないのに、政府がこっちに厚意を向けてくれるはずなんてない───絶対に無い!!)
悶々と考えた結果、ノアはローガンが嘘をついていると確信した。