8月下旬、茹だるような暑さの中ないこは汗だくになりながら自転車を漕いでいた。
高校の入学と共に始めた郵便配達のバイトも、2年生に進級した今ライフワークとなりつつある。
ないこは緩やかな上り坂を気合いで登ると、古びた民家の前で自転車を止めた。
「ばぁちゃーん、手紙来てるよー。」
ないこが開けっ放しの土間に声をかけると、腰の曲がった老婆が姿を現した。
「あぁ、ないちゃん。いつもありがとね。…なんか甘いもんあったかねぇ…。」
奥に戻りそうになる老婆に、ないこは慌てて声をかける。
「あっ、ばぁちゃん。大丈夫!今日配達多いからもう行くよ、ごめん。また来るね!」
「そうかい…今度はゆっくりしていきなね…。」
残念そうな老婆に罪悪感を覚えつつ、この村では会話を切り上げるスキルも大切であると、2年に満たないこのバイトで学んでいた。
ないこの住んでいるこの六色村も過疎化が進み、若者の流出が激しい。
高校2年になるないこも来年には村外に出て大学に進学するか、もしくは就職するかの2択に迫られる。
ごくまれに家業を継ぐために村に残る若者もいるが、本当にまれである。
老婆に郵便を手渡して自転車に戻ると、道の向こうから同級生の悠祐が歩いてきた。
「おーい、ないこ!バイト中?」
呑気な悠祐の声が聞こえた。手には大量のとうもろこしとビニール袋を下げていた。
「おぅ、配達中!あにきー、お前も親父さんの手伝い?」
「あぁ、これから村長さんのトコにとうもろこし届けに行くんだ。あと、これは…」
と言うと悠祐はビニール袋から大ぶりの瑞々しいトマトを取り出す。
「スゲェ暑いからさぁ…トマトかっぱらって来た。冷やしてりうらと食おうと思って。」
悠祐はそう言うとイタズラっぽい笑みを浮かべて、ツヤツヤのトマトを自慢げにかざした。
りうらは村長の孫でないこや悠祐の1年後輩にあたる。この村に高校はない為、子ども達は隣町の県立高校に通う子がほとんどである。
悠祐とりうらは親同士が仲が良いこともあり、学年は違えどよくつるんで行動していた。
「げっ、なんでよりによってトマトなんだよー。」
トマトはないこの天敵だ。悠祐は笑いながらビニール袋を漁る。
「きゅうりもあるけど。」
悠祐の家の野菜はどれも大ぶりで瑞々しい。
「いや、遠慮しとく。まだ配達死ぬほど残ってるし。」
「えー、この村の全人口合わせても死ぬほどの手紙が来るとは思えないけど…。」
「うるせー!これから山越えて吉蔵さんち行ってくんだよ。」
ちなみに山を管理している吉蔵さんの家は厳しい獣道の先にあり、車が入ることは出来ない。
「ご苦労さん(笑) 自慢のマウンテンバイクで頑張れよー。」
「母ちゃん譲りのママチャリだけどなっ!!」
悠祐と別れてないこは山道に自転車を走らせた。日に焼けた精悍な頬を伝って、首筋に汗が滴り落ちる。
山の日暮れは早い。ないこは無造作に汗を拭うと強くペダルを踏み込んだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!