本来攻略キャラではないライバルキャラであるペルラを攻略した私。
約束どおり、彼女に勉強を教えてあげることにしたのだけれど……。
「あなた、私の話を聞いてる?」
「はい、アイリス様……」
ペルラは、うっとりとした目で私を見ている。……どこをどうフラグを立てたか知らないが、ペルラが恋する乙女になってしまった!
しかも、私に!
「ねえ、ペルラ。私ばかり見ていて勉強が疎かになるのは、いただけないわ」
「そ、そうですね、申し訳ありません、アイリス様」
彼女は教本に向き直る。
騎士科のレヒトの関心を向けさせるために、ペルラの成績を上げてあげようとしているのだけれど――
『アイリス様の教え方、大変よくわかります! もう、教官などより、アイリス様が教鞭をとられたほうがよろしいのではないでしょうか!』
などと大絶賛された。もともと、体を動かすことが好きで、勉強は苦手なペルラである。
『授業の時間が、むしろ無駄に思えてきました。それで半日使うより、アイリス様から一時間ご指導いただいたほうが身につきます!』
ええ、ありがとう……。それが本当なら、確かに午前の授業は時間の無駄ね。……効果覿面過ぎるでしょうが!
「まあ、勉強ができるのはいいことよね。レヒトも気にいってくれるわ」
「はい。私が勉強できるようになり、アイリス様からレヒト様を引き離せばよろしいのですね? 頑張ります!」
……ん?
私からレヒトを引き離す? あなたがレヒトに好かれるような人間になるの間違いでは?
好きになって欲しい、彼を振り向かせるために頑張るのであって、そこで私どうこうは関係なくない?
まるで私が彼に迷惑しているから、私のために引き離すべく勉強しているように聞こえるのは気のせいだろうか?
「ペルラ。……あなた、レヒトのこと好きなのよね?」
「好きでした」
でしたぁ?
「今でも尊敬はしていますが……。今はアイリス様が一番です」
「一番……」
恋愛の話をしているつもりだったのだけれど、へぇ、私が一番。……一番ねぇ。
「私、自分でも脳筋だって言われているの知っているんです。剣のことしかなくて、強くなればいいと思っていたのですが……。やっぱり馬鹿って言われるのを割り切れなくて」
ペルラは自身の胸に手を当てた。
「でもアイリス様は、そんな馬鹿な私を馬鹿だからと諦めずに救いの手を差し伸べてくださった。だから、私にはアイリス様は天使、いえ女神様に等しい方」
おっおう……。
「レヒト様は尊敬している上級生ですが、アイリス様のお慈悲に比べたら、どうでもよいと言うか……」
どうでもよくなってしまったぞ、レヒトー! これは心酔というやつか。女騎士チョロ過ぎー。
乙女ゲーじゃなくて、俗に言う男性向け恋愛ゲーなら、即落ちヒロインだろうー!
問題は私が同性だということか。
……まあ、いいか。メアリーが聖女として、グッドエンディングにたどり着くためならば、これくらい致し方ない犠牲だ。
とはいえ、何故ループが発生するのか。それが解かれない限りは、どれだけグッドエンディングに向けて進んでも意味がなくなってしまうのだけれど……。
「ふうん、君って面倒見がいいんだね」
アッシュの発言に、私は苦笑した。
「なあに? 最近、構ってあげないから拗ねているの?」
放課後。恒例の図書館でのお勉強会。メアリーに会うことが目当てのヴァイス王子。護衛であり付き添いのアッシュ。
部活のお時間だから、レヒトとメランはまだ来ていない。というより、来ない日もある。
「別に構って欲しいわけじゃないさ」
「そう? 私は構いたくて仕方ないわ」
「俺はペットか何かか?」
「男の子を飼う趣味はないわ」
なお、一部からは、人間を飼っている貴族令嬢と思われているらしい。これも普段の行いね。……メアリー? はて、何の話かしらね。
「……それにしても、王子、遅いな」
歴史の本を探しに行くと言って、戻ってこない。
「メアリーと一緒なのよ。そっとしておいてあげなさい」
護衛だから、あまり王子から目を離すわけにもいかないのでしょうけれど、大丈夫よ。ここでは王子に危害が及ぶような事は起こらないわ。
「本棚の向こうで、いかがわしいことをしている、と……」
「あなたもしたいの?」
私は魔法について文献本から、顔を上げて上目遣い。アッシュはそっと視線を逸らした。
「奥に行く?」
「あら、お盛んね。私を誘うの?」
「誘ってきたのは君のほうじゃないか?」
「あら。私はあなたが言う、いかがわしいことをしたいなんて、一言も言っていないわよ?」
私は机に肘をついた。
「一応、周囲の目もあるから聞くけれど、あなたの言ういかがわしいことってどんなことかしら?」
「ここでそれを言わせるなんて、君ってとんでもなく意地悪だな」
「あら、私が意地悪なのは、今に始まったことじゃないでしょう?」
「言ってもいいけど――」
彼は机の上に行儀悪く座ると、私に顔を近づけた。距離を詰めるのが早過ぎって、ドキリとしてしまう。
「ここで言ったら、たぶんお互いに恥ずかしいことになると思う」
「それでも言うの?」
「言わせたのは君だぜ?」
顔が近い。でも自分から引くのは侯爵令嬢のプライドが許さない。引くに引けない、チキンレース。
ゴホン、と咳払いが聞こえた。見れば、図書館司書がこちらを見ていた。
「アッシュ」
すっと、彼は机から下りて、椅子に座り直した。机の上に座ってはいけません。
「それはそうと、最近、魔術科の生徒だと思うんだが、よく見かけるが何か心当たりある?」
「魔術科? メランじゃなくて?」
「彼だったら、そう言っている」
アッシュは眉をひそめた。なるほど確かに。
「私たちの周りで?」
「そう、何かあるわけじゃないが、視界の端にいるというか、いたというべきか。魔術科の黒いローブがやたら見かけるなぁ、と思って」
「……何かをしているわけじゃないけれど、よく見かける、か」
魔術科ね。……あー、そういえば、そろそろかもしれない。第二の刺客イベントが。
レヒトに対するペルラのように。
メランに想いを寄せる後輩が動き出している。
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