シウメ・パトラス。17歳。水色の髪の持ち主で、前髪で目元が隠れている根暗系、小柄な少女。
魔術科に所属し、メラン・スタフティに恋愛感情を抱いている。
「……絶対に、許さない……」
学校内でもフードを被っているので、よく見れば目立つのだが、彼女は何故か人から見えにくいらしく、声をかけられることは滅多にない。
そんな見れば目立つだろう彼女は、壁の陰から、女子寮へと向かうメアリーを見つめていた。
「もうすぐ……」
仕掛けた爆発トラップに差し掛かる。これを踏めば、魔法陣に刻まれた魔法が発動するという罠である。
軽い攻撃魔法をセットしたから、怪我はするだろう。だが爆発力は調整したから、間違っても死ぬことはない。……本当はメラン先輩に近づく女は殺してやりたいが、あいにくとシウメは気弱な性格であり、そこまでの度胸はなかった。
メアリーが足を止める。
もう、あと二、三歩なのに何故止まったのか? 隠れて様子を見ていたシウメは息を呑んだ。
その瞬間――
「はい、確保ー」
突然、首根っこを捕まれて強い力で引き寄せられた。驚くシウメ。その眼前にいたのは――
「私、アイリス・マークスのモノに手を出すなんて、いい度胸ねぇ?」
最強侯爵令嬢アイリスがいた。シウメは声を失い、おろおろとする。――どうして? 何故、バレている?
「聞くまでもないけれど、私は心が広いからあなたの言い分を聞いてあげるわ」
「あ……あわ、え、あ……」
うまく言葉にならなかった。元々、人と話すのは苦手なのだ。
「感謝しなさいよ? あのままメアリーがあなたの仕掛けを踏んでいたら、天下の王子殿下が激怒されて、あなた死刑になっていたわよ?」
王子殿下と聞いて、ますますわからなくなるシウメ。メラン先輩に近寄る女を吹き飛ばそうとしただけなのに、何故王子がお怒りになるのか、さっぱりわからなかった。
放課後の3年の教室。生徒たちは部活か、あるいは寮に帰ったために、他に誰もいない。私とシウメだけだ。
メアリーには私の部屋に行って、王子の相手をさせている。まあ、ヴァイス王子もそのほうが喜ぶだろう。
「さて、シウメ。あなたは学校施設内に魔法トラップを仕掛けた。……これは校則に違反していて、通報案件」
「……」
フードを被っている上に目元が隠れているから、表情がわかりにくい。だが半開きの口の形を見る限り、動揺しているように見える。
「生徒に怪我でも負わせたら、退学ものね」
「……」
緊張のあまり硬直しているようだった。私はフッっと微笑する。
「まあ、あのトラップは私が解除したから、踏んでも何も起こらないけれどね。誰も被害が出ていないんだから、あなたは『まだ』悪いことはしていない」
「……!」
でも私に弱味を握られたことには間違いない。侯爵令嬢の力をもってすれば、たとえ未遂でも学校から放逐することもできる。
「さて、何故あなたがこんなことをしたかだけれど……」
「……」
シウメは口を閉ざす。この手のタイプは、切羽詰まらないとだんまりで通そうとするのよね。
「聞かなくてもわかってるのよ。魔術科の先輩、メラン・スタフティが好きで、それを邪魔する女を吹き飛ばして諦めさせようとした」
「っ!?」
息を呑むシウメ。表情はわからないが、図星を突かれた反応だろう。
『赤毛の聖女』では、そういうキャラクターだものね、あなたは。メランルートにおける、ヒロインのライバルキャラ。
好きな人のためなら何でもするヤンデレ系。なお攻撃はメランではなく、それに寄り付く女のほうに向けられる。
ギリシャ神話に、そんな女神がいなかったかしら。浮気性の夫が手を出した女のほうに制裁を加える処女神だか、結婚を司る女神だかが。
閑話休題。
「で、あなたの誤解を解いておかないといけないわね。あなたはメアリーが、メランを落とそうとしていると思っているようだけど違うの。彼が関心を持っているのは、メアリーではなく、私」
「!!」
「彼が会いにきているのは私のほう。メアリーは無関係」
「でも……」
シウメが小さな声を出した。
「メラン先輩は、あの一年に声をかけた」
「最初はね。でもあれ、私のことを聞いてたのよ」
嘘です。最初は純粋にメアリーのことが気になって声をかけてます。でも今はそのフラグをへし折って、私のほうに彼の注意は向いている。
「さあ、どうする? 今度は私に毒でも盛る?」
「っ!」
挑発すれば彼女の敵意を感じた。大人しく、自信のないシウメだが、ことメランが関係すると、感情が表に出てくる。
「でも、残念。まだ彼は私に惚れてはいない……」
「ふっ――!」
シウメが飛び掛かってきた。私はその伸びてきた腕を掴むと、その場に引き倒した。
バタンと音が教室に響いて、シウメが呻き声を上げた。
「研究室ごもりのもやしっ子が、私に勝てると思っているの?」
そのまま押さえ込む。
「私の話を聞いたほうがいいわよ、シウメ。あなた、メランと付き合いたいのでしょう?私がその願いを叶えてあげるわ」
「!?」
前髪の間からわずかに見えたシウメの緑の目が、驚きに見開いた。
「勘違いして欲しくはないけれど、私はあなたの味方よ――」
と、口では言いながら、彼女の首もとに文字を刻むように這わせた。
「いま、私はあなたに呪いをかけたわ。私に害をなしたら、メランが死ぬ呪いをね」
「っ!? ど、どうして!?」
あからさまに動揺した。私は意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
「だってあなた、こっちが善意で言っても超面倒くさく解釈するもの。私に彼への恋愛感情がないって言ったら、それはそれで彼に魅力がないのかって怒るし。褒めたら褒めたでキレるでしょう?」
「っ……!」
「あなたとメランがうまくいくのを私は望んでいる。味方と言うのも本当。でもあなた信じてくれないもの。だから保険よ。大丈夫、あなたが私を信じてくれる限り、メランは死なないわ」
「……」
「そう、あなたは私を信じるしかないのよ」
私は彼女を放してやる。ゆっくりと立ち上がる、シウメは口を真一文字に引き結んでいる。……絶対私を信じてないわ、この子。
「本当はここで始末してしまったほうが早いんだけどね。そうすると、メランがとても悲しむよ。あなたのことを気にかけているから」
「……!?」
「さ、ついてきなさい。教育を始めるわよ」
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