テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
井野匠
さくらぶ
27,672
ガラス引戸が、ガラガラと賑やかな音を立てて開いたので、俺が玄関に目をやると雨漏り神社の宮司、雨森倫太郎(あめもりりんたろう)が厳めしい顔で立っていた。
「何だよ爺さん、腰でも悪くしたのか?」
爺さんは俺の軽口を無視して、「時雨はおるか?」と聞いてきたので、「白川先生なら、今は往診に出てるけど…」と言うと、俺達の会話を聞きつけた詩織が、間仕切りカーテンから顔を覗かせる。
「あら、雨森さんお久しぶりです。今日は治療ですか?」と訊ねる詩織に、「いや」と首を振った爺さんが、待合室の長椅子に寝転がって漫画を読んでいる俺を睨みながら、「時雨に、ちょっとした頼みごとが有ってな…」と言ってから、俺に説教を垂れ始める。
「若い者が昼間からゴロゴロしおって。
学生の本分は勉学じゃろうが。
漫画など読まずに勉学に励まんか。
それに、学校はどうしたのじゃ?」
こう言って俺の尻を杖で叩くので、その杖を払いながら俺は抗議の声を上げた。
「痛いだろう!止めろよ爺い!
今日は土曜日で学校は休みなんだよ」
それを聞いても、俺の尻を杖で散々に叩き続けた挙句、「それなら、家に帰って勉学に励め」と説教を追加してくる。
しかし、俺も負けてはいない。
「そういう爺さんはどうなんだよ。
爺さんの本分は神社の宮司なのに、その本分を忘れて、いつも白川先生にお祓いを頼みに来るじゃねえか。
今回も、どうせそんな用事だろう」
俺が文句を言うと、爺さんは鼻で笑いながら俺の隣に腰を下ろした。
「お前は何も分かっておらぬな。
白川流が、この世界でどういう存在なのかを…」
それを聞いた詩織が、「どういう存在なんですか?」と聞きながら、丸椅子を引っ張って来て俺達の前に座る。
「この前、白川先生の母ちゃんが訪ねて来て、白川家に戻る戻らないで揉めてたから、俺達にも大体の事情は分かってるぜ」
俺がこう言うと、爺さんは驚いた顔で俺を見つめて、「こんな小汚い所に京子さんが来たというのか?」と聞いてきたので、詩織は、あからさまにムッとしているが、俺は素直に頷いた。
「白川家は朝廷に医道で仕えた半家と呼ばれる家柄で、今でも世界中のVIPを相手に、ガッポガッポと儲けているって自慢してたよ」
爺さんは苦笑いを浮かべながら、「当たっておるが、お前が言うと下世話に聞こえるな」と文句を言って、「だが、それだけではないのじゃ…」と前置きをしてから本題に入る。
「さっき小僧が言うたように、朝廷での医療従事者という側面を持っているが、室町時代以前は朝廷から全国の神社を支配する神祇伯(じんぎはく)に任じられておった。
それに伴い、非皇族でありながら唯一王号の世襲を許されたことで、絶大な権力を誇っておったのじゃ。
その後は、その強力な霊力を用いて、朝廷にとって最も重要な、神道の神秘性を高める役割、即ち、全国の神社に依頼されて実際の穢れを祓っておった。
じゃから、さっき小僧が言うたように、白川家に神社として助力を求めるのは、宮司としての本分なのじゃ。
分かったか」
俺は、アメリカ人みたいに小首を傾げながら軽く両手を掲げてみせた。
「そんな偉そうに、助けを求める正当性を訴えられても納得できないよ。
爺さんだって宮司なんだから、白川先生にタメを張って、自分でも祓ってみれば良いじゃん」
それを聞いた爺さんは、苦笑いを浮かべながら大きなため息をついた。
「だからお前は、白川家の事を何も分かっておらんと言うておるのじゃ。
何故、白川家が非皇族でありながら王号の世襲を許されていたのか…
千年もの間、白川伯王家と崇められていたのか…この意味がお前に分かるか?
霊力では、この国で彼らの右に出る者など居らんということじゃ。
しかも時雨は、その白川家の中にあって、始祖である伯雨の再来と謳われるほどの天才じゃ。
そんな人間とタメを張ろうと思うほど、ワシは奢ってはおらんわ」
そこに、タイミング良く白川先生が帰って来たので、爺さんの愚痴が終わって、依頼の話が始まったのだ。
しかし、俺もその会話に参加しようとして、爺さんから怒鳴られた。
「子供が聞くような話ではないわ!
小僧は家に帰って勉学に励め!」
コメント
2件
