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「…」
降谷は名前そっくりな丸い瞳をしている少女を玄関で見下ろした。
「あ…」
わかってはいたが…ちら、と名前を見る。
「ほら、ナナ…ママの彼氏だよ」
「…」
「あ、えと…」
降谷はナナにしゃがみこむ。
「初めまして…降谷零です…」
未だに喋らないナナを見て、降谷また名前を見上げる。
「…イケメンだ」
「はっ?」
「…今までの中でいちばんイケメン」
名前たまらず顔を覆って笑ってしまう。
ナナはすたすたと廊下を行くので降谷は唖然としていた。
「ねぇ」
降谷は鏡の前にいる名前を後ろから抱き締める。肩に顎を乗せて。
「…今夜はこのまま家にいてよ」
「わたしもそうしたい」
名前は降谷の頭に手をやりキスする。
「…誰か待ってるの?」
あなた腹に回された腕に腕を重ねて笑う。
「じゃああなたは2番目でいいの?」
んん!と降谷むっとした。
「でもさ…僕らもう3ヶ月くらい付き合ってるよ」
「…わかってる」
「疑ってるわけじゃないけど…なんで夜は一緒に過ごせないの?」
「…」
名前は黙っていた。
「…大丈夫?」
降谷不安になり名前に眉をひそめる。
「さあ…それはあの子が決めることよ」
「今までもいっぱいお巡りさん来たけどさー」
とナナがリビングから顔を出す。
「…みんな、わたしがいるとママとうまくいかないの」
降谷は初めて入った名前の家のリビングで、またナナを見下ろす。
「…それはおかしいね」
降谷はまたナナにしゃがみこんだ。
「こんなに可愛い子がそばにいるだけで、テンション最高なのにね」
「…」
ナナは目を細めて腕を組んだ。
「お口がお上手ね。ママ、この人もお巡りさん?」
名前は頷く。
「上司よ」
「マジ?ママ上司口説いたの?」
降谷吹き出してしまう。
「違う。僕が君のママを口説いたの」
「美人だもんね?」
「うん。だからまあ…1回結婚してても不思議じゃないよ。君がいてもなんの不自然もないさ」
ナナは降谷を見ていた。
「…あなたがわたしのパパになることを祈ってるわ」
いつも…駄目になるけど。
ナナはそう呟くとすたすたと部屋に入って行った。
「…」
ふう、と名前はキッチンからため息をつく。
「…ごめんなさい」
「なんで君が謝るのさ?」
「…気分悪くしてないかと思って」
降谷は名前のことを抱き締める。
「するわけない。あんなに可愛いならもっと早く会いたかった」
名前はくすくす笑う。
「…ありがとう」
「…これからは、ナナちゃんともデートしたい」
名前嬉しくて降谷にしがみつく。
「…まずはゆっくり…君の彼氏だって認めてほしい」
「そうね…」
「何が好きなの?」
名前うーん、と顎に手をやった。やがて笑う。
「買い物」
「クリスマスはママとデートして構わないわよ」
後部座席から名前が言う。
「わたしはーーレイ。あなたがいてもいなくても、毎年クリスマスは当日にはできないから」
名前は複雑そうな顔になる。公安刑事にクリスマスも正月もないからだ。
「今年は休めるよ」
降谷ミラーを見ながら言う。
「だって…休みの許可出すの僕だもん」
ははは…と名前は顔を覆って笑った。
「そう。なら…」
「君もクリスマスデートに誘いたいんだけど…」
ナナは窓に向いていた視線を降谷にやる。
「…受けてくれる?」
ナナは少し黙っていたが、やがて頷いた。
「…コストコのでかいケーキじゃなきゃ嫌よ」
「じゃあそれも買いに行こう!決まり」
車内は和やかだった。ショッピングセンターにつくと、降谷はナナがドアを閉めて出てきたときに言う。
「あのさ」
名前も降谷を見る。
「…一応。これデートだから…手つないでもいい?」
「…わたしと?」
「勿論」
ナナは名前を見上げたが、段々と頷いた。手を降谷に差し出す。
その小さなぬくもりが、降谷にはいとおしかった。
降谷は名前と結婚するつもりでいる。
まだ彼女には何も話していないが、連れ子であるナナとうまくいかないのならば諦めるしかない。
だからといって、降谷は自分が我慢するのも、ナナが我慢するのもおかしいと思う。
だからありのままでいようと思った。
ナナを真ん中に手をつないでショッピングセンターに入ると、ナナはすぐ名前の手を揺らした。
「ママ、おもちゃ見てきていい。バービーのクリスマス限定服があるの」
「いいわよーーあ、タイムセール中…」
と名前が目の前の服屋を見るので、降谷は言った。
「僕がナナちゃん連れてく。だから見てていいよ」
名前はナナを見た。
「いいよ」
ナナとエスカレーターに乗ると、ナナは降谷に俯いて言った。
「…いいのに」
「え?」
どうせいなくなっちゃうならーー
「思い出は少ない方がいいんだから」
「…」
ナナは玩具屋で目ぼしいものを見ていた。
「…」
じっと2枚の着せ替え服を交互に見つめるナナに、降谷は横からこそっと言う。
「…両方買ってあげようか。クリスマスプレゼントで」
ナナは眉をひそめて降谷を見上げた。
「…ママになんて言うの。しかもそれって躾としてはどうなの?」
降谷きょとんとして笑った。
「僕はだって、君のパパじゃないもん」
「!」
「躾もなにも…それはパパのやることじゃん?」
「…」
「だから買ってあげるよ。ママに内緒にするかは君が決めたらいい」
「…」
ナナは静かにこくんと頷いた。
「…ありがとう。レイ」
「袋はどうしますか?」
「鞄に入れてく」
ナナは手をレジに出した。
ふたりでエスカレーターを降りていく。
「…あなたみたいな人初めて」
「え?」
「…みんなわたしのパパになったつもりでいるから…上から目線で…」
ぎゅ。と降谷の手を握る力がこもる。
「…でも…ママが幸せそうだと…言えなくてーー」
瞬間、どんと名前に当たって走っていくやつが見えたがナナが転ぶ。
「大丈夫!?」
「あ…」
ナナはそのまま起き上がらない。マフラーの裾がエスカレーターの隙間に入って巻き込まれていた。
ナナは段々パニックになる。
「ママ!!息ができない!!ママ!!」
降谷咄嗟に後ろに振り向いた。
「エスカレーターを一瞬止めます!皆さん屈んで捕まって!!」
キャーと声を出す皆が同じようにする。降谷いちばん下まで行き、エスカレーターのレールを蹴り上げた。
安全装置が作動し、ガコン!とエスカレーターは悲鳴と共に止まる。
「ナナ!?」
名前は買い物袋を投げ捨てて駆け寄った。
大泣きするナナに、降谷は急いでナナのマフラーを引っ張りあげて取り出す。
「よかった…怪我はない!?」
ナナは名前にしがみついて泣いたまま。
「ありがとう零…」
うわああ…と泣くナナの背中に、降谷は手をやってさすった。
「…帰る?」
名前はなんとなくナナをチラ見して、ちょっとずつ頷くが。
ナナが目を擦り、名前から降りる。
降谷は目を見開いた。膝にナナが抱きついてきたからだ。
「…助けてくれてありがとう……レイ」
降谷はしゃがみこむ。
「君が困ってる。助けて当然だ」
ナナは涙を拭って笑った。
「あなたはもしかしたら…」
ナナは降谷に耳打ちした。
帰り際、眠っているナナを確認してから名前は降谷に尋ねた。
「さっきは本当にありがとう。わたしもびっくりしたわ」
「だろうね」
「でもあのあと…なんて言われたの?」
降谷はちらと名前を見るが、にんまりした。
「…教えなーい」
「えぇ?何それ…」
あなたはもしかしたら、ママを幸せにできるかもしれないーー
あの歳で自分より母親の幸せを思うなんて。
きっと何人とも会ったのだろう。名前は美人だ。男が途切れることはなかっただろう。
だからそれはナナの心に複雑に響いたに違いない。今だって……降谷のせいでそう感じているかもしれないのだから。
「ゆっくり…ゆっくりだ」
降谷はゆっくり頷いた。
「…えぇ。ありがとう…」
名前は微笑んでちらと後ろを振り向いた。
「次!次はあれ乗る!」
ナナは遊園地でジェットコースターを指差して走って行った。
「おえ…まじ?」
「何。レイ絶叫系ダメ?」
降谷がっくり頷いた。
「こう見えてダメ…」
「そうね。あなたダメよね」
くすくすする名前はナナの手を取る。
「じゃあ待ってるから…」
「見て吐かないでね」
ふたりがキャーと言う叫び声をあげてぐるぐるまわるのを、降谷は笑顔で。たまに口を押さえて見ていた。
「はあっ!最高!」
上機嫌なナナに、降谷は笑った。
「連れてきた甲斐があるってもんだよ」
「…じゃあ、最後」
ナナは観覧車を指差した。
「ママとふたりで乗って。レイ」
名前と降谷は目を合わせる。
「君は?」
ナナは首を振る。
「たまにはロマンチックにしないと、振られるわよ」
ふたりで吹き出す。
「…確かにそれはそうなんだけど」
降谷はにっこりして言う。
「君が乗らないなら乗らない」
名前はちらと降谷を見てからナナを見る。
「…君がいようがいまいが、僕とママは恋人なんだよ。君の目の前でキスしたって、手をつないだって、なんにもおかしくなんてないじゃないか」
「…」
「…そんな度胸あるの?」
ハハハ…と名前は天を仰いで笑った。
「ありますとも」
降谷深く真剣に頷く。
「ならてっぺんでキスしなさいよ」
ナナは笑って降谷の腕を取り観覧車に乗った。
それからというもの、ナナの習い事のダンス練習に付き合って降谷が踊れるようになってしまったり、名前が帰宅したらふたりでリビングでテレビのリモコンとエアコンのリモコンで歌っていて名前は笑いが止まらなかった。
夕飯を作っている間にしていたおままごとでは、きちんとお茶会に呼ばれたのだからと降谷は制服を着て正座していた。
カップに入った砂糖水を飲んで「奥様、スコーンを買ってきましたの」と取り出す降谷に名前はいつも腹を抱えていた。
ふたりの距離はどんどん近くなっていき、ある日ソファでナナを抱く降谷がテレビを見ながらはぁーと呟く。
「はぁ…君は本当にママにそっくりだ」
後ろからその髪の毛を手櫛で撫でる。
「…生まれた日を思い出すよ」
瞬間、キッチンにいた名前とナナが顔をあげて降谷を見る。
「レイ」
「ん?」
「…わたしの生まれた日?」
降谷も一瞬きょとんとするが、気がついたように顔を覆って笑いだす。
「忘れてた」
「わたしあなたの子じゃないわ」
名前もナナも笑いだして降谷を見て呆れてしまう。
「そうだった…ごめん。なんかもう違和感なくて…」
だがナナは嬉しそうに、また降谷に寄りかかっていた。
「…」
夜中に降谷は目が覚めて、隣で眠る名前を見て微笑む。
また背を向けた。
プロポーズか…んなもんどうやればいいんだ。
当然降谷は最高の日にしたいと思う。
だが名前が以前どうプロポーズされたのか当たり前だが知らない。
よくわからない嫉妬で、同じようにはしたくない。
名前は海が好きだ。だから海が見えるホテルからとか……
「うん…」
降谷は頭の下に腕を入れ直して目を閉じた。そのときだった。
部屋がノックされる。
降谷はすぐからだを起こした。
「ナナちゃん」
そっとドアを開けるナナに、降谷は近づいていく。
「…ママは?」
目を擦り、くまを抱いているナナ。
「あ…今寝てるよ。どうかした?」
降谷はすぐしゃがみこむ。
「…怖い夢見たの。眠るまで一緒にいて」
降谷はすぐ名前を起こそうとしたが、ナナは降谷を掴む。
「レイ。一緒に来て」
「…失礼します」
降谷はもじもじしながらナナのベッドに入った。
はあっ、とナナは降谷の腹に横たわってくる。
「…何か話して」
「え?」
「…わたしが眠れるまで」
「そう、だなぁ…」
子供が好きそうな話題は…と降谷は辺りを見回す。
「…レイは何故ママが好きなの」
「…」
降谷は名前の背中を撫でていた手を止めた。
その日降谷と名前は車で移動していたが、青信号で目の前を小学生たちが横断していた。あはは…と駆けて行く小学生の後ろから、とぼとぼとひとりで歩く少年がいた。
降谷は気にもしなかったが、名前はすぐに降谷がアクセルを踏むのを手を出して止めた。
「わあっ!?何!」
「車を端に寄せて」
名前は後ろからクラクションを鳴らされるのも気にせず、その少年を追いかけた。
降谷も気付いた。その少年のランドセルにーーバカ、と書かれた紙が貼られていたことに。
「えっ」
名前少年の後ろからその紙をびりっとして剥がす。
「…あなた気づいてたの?」
「…」
少年は急に現れた名前に驚いていたようだったが、俯いて泣きそうになる。
前を行く子供たちが立ち止まると、名前はすぐ小走りで走って行った。
「…これ」
名前はその紙を見せる。子供たちはどっと笑いだして名前は顔をしかめた。
「おーいバレちまったよ!」
「ハハハ…」
「あなたたちがやったの?」
「そうだよ?」
子供たちはなんの悪気もない。という顔で笑い続ける。
「ただの【お遊び】じゃん」
「大人なら本気になんなよ」
未だに爆笑しているそいつらに、名前は胸元から警察手帳を取り出す。
子供たちは笑みのまま固まった。
「わたしは警視庁の刑事です」
「…」
はあー、と名前はしゃがみこむ。
「あなたたちがお遊びでやったこと…」
名前はその剥がした紙をぐしゃぐしゃにしてぽと、と床に落とす。
「お遊びなのよね?なら、この紙、元に戻してよ?」
子供たちは目を合わせだす。ひとりに名前はそのぐしゃぐしゃの紙を渡す。
「直せるわよね?遊びなんだもん。まっすぐきれいな紙に戻してみせて」
子供は静かに紙を開いたが、そのぐしゃぐしゃの紙は、元には戻らない。
「…あなたたちがやったことは、こういうことなの。これは、この紙はーーあの子の心そのものなの!」
その子はついに後ろでしゃがみこみ泣き出した。
「人を傷つけるのは、それだけ罪深いことなの!」
子供たちは名前の剣幕にびくりと肩を縮ませた。
「…これは立派な名誉毀損罪です。わかる?その人がその人である権利を奪うことをそう呼ぶの!それは決して許されることじゃないのよ!あなたたちが子供だとか、法律はそんなこと配慮しないわ」
子供たちは名前を恐る恐る見上げた。
「…あの子のママとパパがあなたたちを訴えたら?わたしが証人になるわ。あなたたちは法の裁きを受けます。そしてそれは一生、あなたという人間が、最低の人間であると証明することになるの」
名前は真ん中の少年の手を握る。
「それでも構わない…?あなたがなりたいものにも、行きたいところにも、好きな人にも…あなたがやったことはついて回る…それでもいい…?」
ようやく遠くから見ていた降谷ははっとして、しゃがみこみ泣いている少年を立ち上がらせる。
子供たちは全員首を振った。
「…わたしも、あなたたちにそんなふうになってほしくない」
名前はようやく困ったように微笑んだ。
「もうこんなことは絶対にしないと、わたしと約束してくれる?」
「…はい」
名前はその子を抱き締めてから、涙を拭っている子に近づいてしゃがみこむ。
「…あなたは何も悪くない」
えっ、えっ…となっているその子に名前は頭に手をやる。
「でもね、あなたにも覚えていてほしい」
降谷はそれをただ黙って見ていた。
「もしあなたがあなたでいる権利を取り上げる誰かがいたら。あなたは声をあげなければならない」
「…」
「それがもし大人でも、同級生でも関係ないの。そのときは、あなたは戦うの。自分を守る為に。もちろん手を上げてはダメ。言葉で人を傷つけてもいけない」
名前は首を振り、自分の名刺をその子に握らせる。
「戦い方があるの。そしてそれはーーわたしの仕事なの」
あなたがあなたでいることを守るのは
「…わかった?」
名前は少年を覗きこむように尋ねる。
少年は落ち着いたのか、ただ素直に頷いた。
「…ありがとう。お姉さん…」
「オーイ!早くしろ!もう行くぞ!」
「捕まっちまうよ!」
わあー!と子供たちはまたランドセルを揺らして走り出した。
その少年も涙を拭い、笑いながら駆け出した。
「待ってよー!」
名前はやれやれと立ち上がり叫んだ。
「車に気を付けなさいよー!」
はあ、と名前は振り向くと降谷が立っていてびっくりする。
「やだ、忘れてた…」
「…」
ナナは降谷に寄りかかったままそれを聞いていた。
「…僕はだから、そのとき思ったよ。君のママを好きになってよかったって」
降谷はまたナナの背中を撫で出す。
「…君のママは…僕の尊敬する人なんだよ…誰かの為に戦えるーー素晴らしい人なんだ」
「…レイ」
ナナは起き上がって言う。
「…あなた、ママが本気で好きなのね」
降谷きょとんとする。
「え?そりゃもちろん…」
「今までの【お巡りさん】は…」
ナナはまた降谷に抱きついた。
「ママの外見ばかり褒めた。あなただけ。ママの中身を褒めたのは…」
「…そっ…か」
降谷少し恥ずかしくなり頬をかく。
「…レイ。いつママにプロポーズするの?」
降谷一気に咳き込み出す。
「ママは海が好きだけど、そんなの今までのお巡りさんは皆知ってる…どうせ夜景の綺麗なレストランでとか思ってるんでしょ」
「…」
降谷さっき思っていたことを当てられ目を細くする。
「そんなの駄目。ママは行き慣れてるし、意表をつけない。3日経ったら忘れちゃうわ。記念日まで持たない」
ナナは降谷を見上げる。
「じゃあ…」
「ファミレスよ」
ナナと降谷は見つめ合ってしまう。
「夜ご飯食べようって。深夜のファミレスで。もちろん跪くのよ。我ながら最高だと思うけど」
「マジ?」
「マジ」
ナナはベッドに横になった。
「…信じてよ、レイ…」
絶対うまくいくから……
ナナはそう呟くと、すぅすぅと寝息を立て出した。
「…」
鼻歌を歌う降谷に、鈴木が隣の風見に耳打つ。
「…降谷さん最近機嫌よくないですか?」
「悪いよりマシだろ」
「あっ。風見、これありがと。このまま出しちゃうねーー」
「…」
ありがとうなんて言われたことがない風見。素直に言葉をなくす。
名字が入ってくると降谷咳払いして背を正した。
「…降谷さん」
と名字が出したか細い声に、皆が名字を見た。
「…どうした?」
「すみません…幼稚園から電話が来て…早退してもよろしいですか…」
風見思わず降谷を見る。
「何かあったの?」
「だから何回も言ってるじゃない!」
帰宅するなりナナは鞄と帽子を投げ捨てリビングに怒りながら行った。
「あの折り紙はわたしが自分で持っていったものなの!みんなが使うやつをたくさん使ったわけじゃない!」
名前は何度も頷いた。
「わかってるわ!わかってるーーでも、問題はそこじゃないのよナナ!」
「ママまでわたしの話を遮るの!?」
「ちが…」
降谷ナナの前に出て行く。しゃがみこんで頷いた。
「…君が自分で持っていた折り紙で扇子を作ってたんだよね」
ナナは顔をしかめて頷く。
「そうよ。なのに、折り紙はみんなのなのにそんな使うのは駄目だって言ってきたの」
「うん」
「だから!これはわたしが持ってきたわたしの折り紙なのってーー何回言ってもその子、先生に言うからって聞かないから!」
ひっぱたいてやったの!
名前は顔を覆って首を振る。
「黙らないんだもの!だから黙らせてやったの!なんでわたしが怒られるのよママ!」
はあー、と降谷はため息をつく。
「ナナちゃん…それは君が悪い」
ナナは不服と言わんばかりに降谷を見る。
「なんで!?レイ!あなたにはわたしの気持ちがわかると思ったのに!」
「…わかるよ。わかる…」
「わかってない!わたしは悪くない!」
降谷額を押さえて俯く。
「…まず、人を叩いちゃダメだ」
「だけどじゃあどうやって黙らせるのよ!」
「ナナちゃん」
「先生までわたしを疑う目で見てきて!わたしは違うって言ってるのに!」
「ナナちゃんーー」
「誰もわたしの気持ちがわからないならそうやってーー」
ぱんっ
名前は目を見開いた。ナナも唖然としていたが、やがて降谷に叩かれた頬をゆっくり押さえて呆然とする。
「…どんな気分?」
降谷は泣きそうになりながらナナを見つめた。
やがてナナはぼろぼろと涙をこぼす。
「…自分の話を聞いてもらえないのは、どんな気分だい」
「!」
「…その子も自分の正義感から君にそう注意したんだ。でも言い合ってしまったね。先生も話を聞いていただけで、君を疑ったりはしてないよ。でも、君は手を上げた」
降谷は立ち上がりナナを見下ろす。
「…先生は君の話も、その子の話も聞いたはずだ。でも君は?その子の話を最後まで聞く前に…叩いたんだよ」
名前は降谷とナナを不安そうに交互に見上げる。
ナナはもうひくひくとしながら泣き出した。
「どんな気分?」
「…最悪の気分よ、レイ」
「そうだよね…僕もだよ」
でも!と降谷は俯いていたが泣きながら言う。
「君にずっとそんなふうに僕はいてほしくないんだよ!それはーー例え僕が痛みを伴っても!君に辞めさせたいからだ!だから今君をひっぱたいた!君こそ僕の気持ちがわかるか!?ナナ!」
ナナは顔中をぐちゃぐちゃにして叫んだ。
「レイなんか大嫌い!!」
「ナナ!」
部屋に走り出すナナに降谷は名前に手を出す。
「…ひとりで考える時間をあげて」
「でも…」
「ごめん…」
降谷はまた俯いて拳を握っていたが、ぐす、と涙を拭う。
「…君の宝物を…傷つけた…」
「零」
「僕はもう…君といる資格はないよ…」
「そんなの…」
「本当にごめん…今日はもう…帰る」
名前は玄関を出て行く降谷に、ため息をついてソファで顔を覆った。
ピピ…と時計が鳴り、日付が変わったことを告げる。
降谷は警視庁に戻ってきてひたすら仕事した。
あのナナの瞳からあふれる涙を、本当ならーー拭ってやるはずなのに。
今までナナと過ごした日々が走馬灯みたいに浮かんでいた。
あんなに時間をかけて作り上げてきた信頼関係を……自分で無にした。
名前だってどんな気分だったか……
「…はぁ」
もう名前とも終わりにしなくちゃいけないよな……
降谷は書類の山に頭を突っ込んだ。
ガチャ、とドアが開き降谷はびっくりして顔を上げた。
「え…風見……?」
風見はぱら、と落ちてきた書類を受けとると、黙って珈琲を渡す。
「ん」
と言われようやくそれを手にした。
「おま…こんな夜中まで何やっ……」
風見は書類を避けてデスクに腰かけてくる。
降谷は少し怪訝そうに身を引いた。
「…名字から電話が来ました」
「…」
「泣きながら。支離滅裂。もう意味不明でしたがなんとか理解しました」
「…なんでお前に連絡が行くわけ?」
風見ははあ、と背中を丸めてため息をついて振り向いた。
「いいですか?刑事というのは【バディ】がいます。ふたり1組なので。わたしのそれは名字なんです」
「…」
「正直、よっぽど鈴木との方がやりやすいですけどね。仕方ありません。そうなってしまったんですから」
風見にどうぞ、と言われて珈琲を傾ける。
「…ひと悶着もふた悶着もあったようですね」
「…そこまで知ってんの」
しん、となる執務室が寒い。
「…知ってますよ。あなたが初めてしょうが焼きを作った日も」
降谷目をテンにする。
「…あいつはあなたと、娘の話しかしませんから」
「…」
「どうしたらいいかわからない。わたしは零もナナも失いたくない…」
「!」
「…正直、あなたがあいつの娘をひっぱたいたのは…まだ早かったと思います」
降谷デスクに突っ伏す。
「でも、わたしが娘なら」
降谷顔を上げた。
「…それは正しかったと、思うと思います」
「風見」
「落ち着けばですけど」
風見も珈琲を傾ける。
「…でも僕、躾はパパのすることだってナナに言ったんだよ…なのに…」
「わたしが娘なら」
降谷また風見を見る。
「…本気で自分の父親になる気があると」
「!」
風見も降谷を見た。
「そう…思いますけどね」
降谷自分のポケットに入っている箱に手をやった。
「…」
「あなたは今、ふたりの元を去ってはいけないのではありませんか」
まだ、途中でしょうーー諦めるんですか?
降谷いきなり立ち上がる。ぐいと書類を風見に押し付けた。
「サンキュー!これよろしく!」
風のようにいなくなった降谷に、風見は膝に雪崩れてくる書類にため息をついたが、ドアを見て仕方なさそうに笑った。
「零!」
ファミレスの前にいた降谷に名前は飛び込んでくる。
「ナナは?」
「寝かせてきたから…」
ふたりで席につくと、ひとまずメニューを開く降谷に名前は口を開けたがメニューを渡されてそのままでいた。
「何か食べよう。その方がリラックスする」
「…」
名前も切なそうに頷いた。
結局ふたりでしっかりハンバーグもサラダも食べて、食後に珈琲を飲んでいたときだった。
「…零」
名前が降谷の手を握る。
「わたしにはあなたが必要なの」
「それは僕も同じだよ」
降谷も手を重ねる。
「…ナナだって」
「それはナナが決めることだ」
名前複雑そうに窓を見る。
「だとしても」
名前顔を降谷に戻す。
「…僕はナナを叩いたこと。間違っていたと思わない」
名前も深く頷く。
「…これからも、ナナのそばでその成長を、君と見ていたい。だからーー」
降谷は席を立って、ナナが言った通り跪いた。
名前は口を両手で押さえる。
深夜で少なかったが、店内もふたりに釘付けだった。
なんでここで?皆そう思っただろう。
でもこれで……いいんだよな。
「僕と結婚してくれ」
「キャー!」
と名前は叫ぶと降谷に飛び付いた。まばらな拍手が聞こえる。
「受けてくれる?」
名前は泣きながら頷いた。
「えぇ…わたし…幸せが日常にあることを思い出せるようなプロポーズに憧れてた…最高の夜よ…」
その薬指にダイヤがはまると、降谷は名前を抱いたまま。ふたりでぐるぐる大笑いしながら回った。
それからは式まですぐだった。山のように考えなきゃいけないこともあったけど、目が回るほど忙しくてーーあの後ナナとも会ったが、まるで何もなかったかのようにナナが振る舞うから、もうそれでよかった。
「ウェ…」
とえづく降谷をしっかりカメラがうつしている。
「降谷さんうつってます」
風見がちらとカメラを見る。
「いや…どんだけ緊張してると思ってんのよ」
「ハハハ…見ものですね」
鈴木が腹を抱えるので、はあ、と降谷頭をがしがしする。
「…まじでーー」
「レイ」
そう天井から聞こえた声に、降谷も参列者も皆ざわざわする。
「…今日のママ。めっちゃ綺麗。まるでいつものわたしみたいに…」
降谷たまらず泣きそうになり、口を引く。
「…もうすぐ会えるね。早く会いたいよ」
降谷もう目元を覆った。涙が出てきて止まらない。まだ始まってもいないのに。
参列者たちも拍手した。鈴木ももう泣いていた。
やがてアヴェマリアと共にやって来た名前はーー降谷が世界で見たことがないほど美しかった。その横を、満面の笑みの名前がやってくる。同じように純白のドレスを着て……。
「零…」
名前が目の前に来ると、降谷はもう泣きまくっていたので参列者から笑いが起こる。
「…ごめ…うぅ……」
ハハハ……
「…最後までできる?」
名前が心配そうに囁くので、風見が腰を折って笑い出す。
「…うん。ごめん」
はあっ、と降谷は涙を拭ってふぅと息する。
「えーでは…」
と咳払いして神父。
「新郎、降谷零はーー名字名前を妻とし、その健やかなるときも…病めるときも…悲しみのときも、富めるときも。貧しいときも。これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り…真心を尽くすことを誓いますか?」
降谷はようやく微笑んだ。
「…誓います」
「では新婦……」
と言われている間、ナナは降谷をずっと笑顔で見つめていた。
「(綺麗だよ)」
「(知ってる)」
「…誓います」
「では指輪の交換を…」
ナナからそれが差し出される。ふたりが指輪をはめると、名前は小さく頭を下げた。
「では誓いのキスをーー」
そのヴェールを上げ、名前は今までないほど美しい瞳で微笑んだ。
そっと口付けると、ナナは「やったー!」と参列者に向かって両手をあげて飛びはねるので皆が拍手して笑顔になった。
それからはライスシャワーでふたりは見送られるはずだった。瞬間、降谷は歩きだそうとする名前を止める。
降谷はナナの目の前に跪いた。ナナもびっくりして目をぱちくり。
「…君に伝えたいことがあるんだ」
降谷はナナの両手をとる。
「…もし君が嬉しいときは、僕は笑い声になる」
「…」
「もし君が泣いているなら、僕は風になりその涙を乾かす…」
名前は口を押さえた。
「もし君が迷ってしまったら。その船の帆になり行き先を示す…」
ナナも段々口をへの字にして瞳を涙でいっぱいにする。
「…君と本気でぶつかり、必要なときはからだじゅうで君を正しい道へ導く」
ナナは頷きながら、名前とよく似たその瞳からあふれる涙を拭った。
「…病めるときも健やかなるときも。君がどんなときも、君の味方でいるよ。だから…」
降谷はポケットから小さなリングを出して、にっこりしたが、降谷も顔をくしゃっとして泣き出してしまう。
「だから僕の…娘になってくれますか?」
「わたしのパパになってくれるのね…レイ…!」
ナナは頷いて降谷に飛び付いた。教会は涙と拍手に包まれてあたたかった。
降谷はナナの小指にその指輪をはめると、泣きわめくナナを大笑いして抱いて、名前も泣きながら笑い、その降谷の腕に手をやり歩き出した。
ライスシャワーはまばらだった。おめでとう!そうたくさん聞こえたが、ほとんどの参列者が、泣いていて投げることができなかったから……。
「ぶはははは……!」
ナナは結婚式のDVDを見て大爆笑するのが日課になっていた。
「…朝起きた瞬間からそれやめて」
降谷ふあ、とあくびしながらソファを叩いて笑っているナナを膝に乗せる。
「パパ泣きすぎ。わたし綺麗すぎ」
ふふ、と名前はキッチンから笑う。
「いいじゃない。わたしのことあんなに泣かせたんだから…」
「ほらごはん」
はーい、とふたりで席につくと。名前は大きなお腹を抱いてふうと寄りかかった。
「座んな?」
「いいの…今ぐるぐるしてるから…」
「「まじ!?」」
とナナと降谷は名前のお腹にへばりつく。
「びっくりして止まっちゃったわよ」
くすくすと名前は笑う。
「わたしの妹なんだからね。抱くのはわたしが先よ」
とナナは降谷を睨みまだお腹に張り付く。
「そうでしたそうでした…パパは最後でしたぁ…」
降谷ホットケーキをもそもそし出す。
「パパ」
とナナは降谷の横から言う。
「…わたしがあなたをパパと呼ぶと決めたのはね」
降谷も手を止めてナナを見つめるが。ナナはにこっとして席についた。
「やっぱりやめた」
「えぇ!?」
「ずっと秘密よ」
「え、え…ハリボ!」
「サーティワンは?」
名前かちゃりとホットケーキを食べ出す。
降谷ぶんぶん頷く。
「もちろん!」
「う~ん」
ナナはあはは、と笑った。
「やっぱり秘密!いつか気が向いたらね…」
「え~!」
レイ。あなたがあの日、わたしを叩いたこと。一生忘れない。わたしもとても痛かった。
でもーー
自分が痛みを伴っても。そうあなたは言った。
それって…自分が犠牲になっても、って意味で合ってるよね?
「パパ」
「ん?」
降谷フォークを口にしたまま言う。ナナは笑った。
「大好きだよ」
「…」
「そうだ。披露宴で見た、あの緑のスーツ着た人」
「風見?」
名前はきょとんとする。
「あの人わたし好きかも」
ブフッ!と降谷はホットケーキを吹き出した。
「えぇ?本当に?」
名前くすくすとやる。
「うん。タイプかも。なんか話したら気が合ったのよ…わたしのことよく知ってるみたいに感じた」
名前人知れず口を押さえる。喋りすぎたかも……。
「いや…あの…風見はその…やめたほうが…」
「なんでよ?女いるの?」
「いやいるわけ!」
「じゃ、今度紹介して。わたし彼氏今いないのよね」
あ~んと食事する名前に、頭を抱える降谷。
「…やだ…宝物取られる……絶対やだ…」
名前はもうお腹を押さえたまま大爆笑していた。
「ってか前はいたのかよ!?誰だ!何組のどいつだ!」
降谷立ち上がり指差す。
「指差さないでパパ。彼氏のひとりやふたり…いるに決まってるじゃない」
わたしあなたの子なんだけど?
「!」
「ふふっ…なら…仕方ないわね?」
名前は椅子にかけて頬杖をつき降谷を笑みで見る。
「今までの中で…いちばんイケメンの娘だもの…」
「…」
降谷ゆっくり名前を見ると、一気に泣きそうになる。
「パパ!そんなんでわたしが風見と結婚したらどうするつもり!?」
「させるかあああ!!元カレ全員パパに教えろ!!わかった!?」
「長いレシートみたいになるわよ。パパの元カノリストみたいに…」
「んあぁ!?」
騒がしい日曜日が過ぎていく。名前はお腹を押さえたまま寄りかかり笑いが止まらなかった。
そう。わたしはこういう幸せが欲しかった。
特別な何かなんていらないの。あなたたちがいれば……
コメント
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いや〜もうこのエピソード、めっちゃ良かった…!降谷がナナに「娘になってくれますか?」って跪くシーン、涙腺崩壊したわ。最初はぎこちなかった関係が、少しずつ信頼を積み重ねていく過程が丁寧に描かれてて、特に「叩いた後の本気の躾」パートがグッときた。自分が痛みを負っても正しいことを貫くって、それこそ本当の父親だよな。3人がファミレスで笑い合う日常がずっと続きますように!
#降谷零
#風見裕也
花梨
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