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シグレの周りを囲む様に現れた其れは、明らかにこれまでの水龍とは異なっていた。
『何という……巨大な!』
皆が皆、驚愕に立ち竦むしかない。
七つもの巨大な水龍は、シグレの血液が混じり合うかの様に全体が緋色に染まっており、それぞれが意思を持つかの様に蠢いている。
そしてユキへ向かって、七つの緋い水龍が猛然と襲い掛かった。迫り来る幾多もの水龍に、逃げ場などあろう筈も無い。
「絶対零度……終焉雪」
ユキはその場から動く事無く絶対零度を発動させ、その溢れんばかりの凍気に水龍達は途中で動きを止め、次々と凍りついていく。
「やった、全部凍っていく……って、凍らない!?」
動きを止めたのは一瞬だけで、緋色の水龍達が凍結した氷を割って突き進むその姿に、ミオが驚愕の声を上げた。
打つ手無し。そう思われていたが、ユキは既に次の行動に移していた。
“星霜剣最終極死霜閃ーー無氷零月”
蒼白に輝く刀身。ユキは絶対零度の膨大な冷気を全てその刃へ集約させ、迫り来る緋き水龍達に向かって虚無の居合いを抜き放つ。
『ーーっ!!』
二つの力がぶつかり合ったその衝撃で、空気が破裂したかの様な衝撃波が辺りを波紋の様に浸透する。それは何かにしがみついていないと、吹き飛ばされる程の。
『何て……もの凄まじい!』
ぶつかり合う二人の最後の力。
「無駄だ! 俺の血で固められた、この獄龍達を砕ける筈が無い!!」
「くっ!」
シグレの言葉通り、僅かながらにユキは緋き水龍達の言語を絶する圧力に、徐々に押されていくのであった。
※血は水よりも硬い。
シグレの“獄水”で形成された水は、云わばプール一つ分の水量をボール一個分まで圧縮、縮小させたもの。それに自らの血液を混じり合わせたその硬度は、地球上で最も硬い物質で在る金剛石をも軽く上回る。
「ぐっ……」
ユキはその圧力に徐々に押されていく。
もし、少しでも力を緩めればその瞬間に拮抗した力の反作用で彼のみならず、此処等一帯が全て消し飛びかねないだろう。
「シグレ……」
意識も飛びそうな程の極限の中。その刹那の思考の彼方ーー
************
「抜けるってどういう事だよ!?」
古寺の内部で晩をとっている者達の中で、一人だけ際立って幼い少年が声を荒げる。
それはまだ十にも満たないであろう、幼き頃のユキ。
天下取りの最中、まだ狂座との闘い以前の事。
一人の男による、突然の決別。
それは四死刀と共に世を敵に回して闘い、五死刀と伝えられたで在ろう特異点が一人。
“血痕”のシグレが、彼等と袂を別った夜の出来事だった。
「ほっときなさい。シグレにも考えがあっての事だろうしね」
姿を伺う事も出来ぬ、灯りの無い薄暗い古寺内、一人の女性が口を開いた。
「何言ってんだよカレン! こんな勝手、認めんのかよ!?」
一人荒れるユキを余所に、もう一人の特異点も冷静に口を開く。
「ただ、次に出会う時はお互い敵となるやも知れんが……それでもよいか?」
敵意を不思議と感じられないその言葉に、シグレは振り返る事無く呟く。
「ああ、俺は俺の道を往く。一人で最強を証明する為にな。その時が来たら敵として闘うだけだ」
シグレはそう口を紡ぎ、止めていた歩みを再び進めた。同じく彼にも敵意を感じられなかったが。
「そうか……ならいい」
一堂同意の下、決別したシグレ。誰もそれを止める者はいない。
「ライカまで? どうなってんだよ……。キリトも何か言えよ!?」
「……ふふ」
一人だけ納得いかない感じのユキは、その後ろ姿を睨み付ける様に見据えていた。
***
古寺から出たシグレは、前方に居る人物の姿に気付き、思わずその歩みを止める。
満月に照らされた、虫の音が聴こえる生温い静寂の中、近くの神木に寄り掛かる様に腕組みしていた白銀髪の青年、前ユキヤが彼を待っていたかの様に佇んでいたのだから。
ユキヤが腕組みしていた腕を降ろし、シグレの前へと立ち塞がる。
「やはり行くのですね? まあ何時か、この日が来るとは思っていましたが……」
シグレは反論する訳でも無く、その想いのたけを述べる。
「俺はお前達とは違う。天下を獲り、新たな世を創る考えに興味が無い。それだけの事だ……」
「アナタらしいですね」
お互いを見据え、言葉を交わす。だが其処に憎しみの念は見えない。
「それでもアナタが、私達の仲間で在る事に変わりはありません」
ユキヤはそう言い、シグレへ右手を差し伸べる。
「貫きましょう。お互いの信念を、死ぬまで……」
そしてシグレも右手を差し伸べ、お互いにしっかりと握手を組み交わした。
「ああ……」
シグレの後を一人で追い、物陰から二人の姿を見ていた幼きユキ。その目に映るは確かな絆が有る様に、そう見えていた。
「おい、チビユキヤ」
シグレがふと、物陰に向かって口を開く。ユキが後を追って隠れていたのを知っていたかの様に。
「チビとは何だよチビとは!」
図星を突かれたのか、声を荒げながら幼きユキが、物陰から躍り出る。
シグレは幼きユキを諭す様にーー
「お前はまだまだ幼い上に弱い。強くなれよ、その名に恥じぬ様にな……」
そしてシグレは踵を返し、二人に背を向け歩み出す。
「闘いの中でしか生きられない俺達にとって、真に正しいものが有るとするなら、それは強さだけだ。ただ誰よりも強くなれ。そしていつか、俺達を越えてみせな」
そう言い残し、ゆっくりと夜の闇に消えていくシグレ。
「餓鬼扱いしやがって。見てろよ、今は無理でも、いつか絶対アンタに勝ってやるからな!」
消えていくシグレに向かって、幼きユキはそう宣言するのであった。