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そんな刹那の思考の中、ユキはもはや受け止める限界に達していた。
“――駄目だ! 意識が飛ぶ……”
「いや、まだだ!」
薄れゆく意識の中、かつてを思い起こし奮起する。
“いつか俺達を越えてみせな”
かつてシグレ自身が言った言葉の意味を。
“――だからこそ私は、アナタを越えていく!”
「うおあぁぁぁぁぁ!!」
絶対零度最大解放。全ての力を出し尽くし、ユキは受け止める水龍達を押し返していく。
「ばっ……馬鹿な!?」
シグレは見た。決して滅する事の無い、自らの血液で固めた緋色の水龍達が、多数に分離し崩れ散っていくのを。
お互いの最終技のぶつかり合いは、僅かにユキが上回った。そして勝負を決めようと、彼はシグレへと向かっていく。
「ちぃ!!」
それを迎撃しようと、刀を振りかぶるシグレの身体に異変が起きる。
“――なっ! 身体が動かない……だと?”
「これは……氷結の檻!!」
シグレは目を見開く。自身のその身体には、絡みつく様な氷に囚われていたのだから。
“無氷 ~氷結の檻 フリーズ ジェイル”
&
“星霜剣最終極死霜閃ーー無氷零月”
「これで終わりですーーシグレぇぇぇ!!」
凍結して動けないシグレに対し、既に彼の間合いへ浸入していたユキは、絶対零度を集約した居合いを抜き放っていた。
“氷結の檻で身体の動きを止めた今の状態なら、無氷零月は必ず決まるーー”
この死闘に決着が訪れる事を、誰もがそう思っていた。
「俺をーー舐めるなぁぁぁ!!」
勝敗が決まる瞬間、その刹那の出来事。
シグレは己を縛りつけていた氷の檻を、力ずくで無理矢理引き剥がし、村雨を振り上げる。
「そ、そんな……」
見守るアミの瞳が絶望に覆われていく。ユキの刃は届かず、逆に弾かれたその衝撃で刀は虚しく宙を舞った。
全ての時間が止まったかの様に、ゆっくりと弧を描き墜ちていく。
「もう刀を強く握り締める力も、残っていなかったか……」
シグレは降り上げた刀を、そのままユキへ向けて降り下ろす。無理矢理引き剥がした為、その腕は毛細血管が破裂し、血みどろになっているのもお構い無く。
「これで終わりだユキヤぁぁぁ!!」
丸腰では防ぎ様が無い。シグレが刀を降り下ろす勢い。その刹那の瞬間。
“ーーっ!?”
シグレは確かに見た。彼の右手が蒼白の輝きを纏っていた事にーー
“リュートゼロ・ゴッドクラッシャー・ハンドレット ~絶対零度:終焉雪 蒼掌極煌”
「ぐあっ!! なっ……何だと?」
降り下ろしたシグレの刃は届かず、村雨はゆっくりと地に墜ちる。
シグレの勢いを利用したユキの、右手による手刀が彼の腹部を貫いていた。そして其処からは蒼白い冷気で凍りつき、浸食していくそれは通称ーー“神殺し”の掌。
「流石に内部からの絶対零度は、相殺しようが無いでしょう? 今度こそ……終わりです」
決着の刻。
蒼白の冷気が吹雪となって二人を包み込むかの様に、静かに冷たく光り輝いていた。
「お前も一緒に死ぬ気か? 絶対零度の範囲内に居る以上、耐性が有っても只では済まんだろう?」
全ての物質の原子運動が停止し、分子結合が崩壊する氷点の最低温度、絶対零度の前では、例えそれを行使するユキであっても、生身ではその温度には耐えられない。その為、絶対零度を行使する際には、他の物質へ依代にするか、直接浴びぬ様外部に放出する必要がある。
事実、凍りついていくシグレの腹部から、ユキにもそれが浸食しつつあった。それでも彼は決して退こうとはしない。
「ククク、そうまでして俺を殺したいか? 憎いか俺が!?」
シグレは退かないユキを自虐的に笑う。だか、引き剥がそうといった抵抗をしようとはしなかった。
まるで、この刻を受け入れるかの様に。
「ええ、殺したいですよ。アナタは大量殺戮者で救い様も無い極悪人だ」
ユキは腹部から手を抜く事無く、冷徹に言い放った。
それに対してシグレは「いいねぇ、最高の誉め言葉だ」と笑う。
シグレがしてきた事は、決して赦される事では無い。それは自身も重々承知。懺悔や呵責の気持ちも無い。だから笑った。悪は悪として生き、そして悪のまま死ぬのみ。
「だけど……」
ユキは同情する訳でも無く、想いを搾り出す様に呟く。
「私にとってはたった一人の……最後の仲間だった」
それは決別への餞ーー
「アナタは悪だ、誰よりも。でもそれは私も同じ。だからこそ私達は集った。誰よりも強く、誰よりも信頼出来た」
ユキの想い。同じ境遇を生きた特異点だからこそ理解出来る、常人の理解を越えた確かな絆。
「ユキヤ、お前……」
お互いが凍りついていく、その絶対零度の空間の中でユキはその深い銀色の、でもとても穏やか瞳でシグレを見据えて。
「だからこそ、アナタだけは私の手で殺す……」
その表情は同情でも憎悪でも無い、憂いに帯びていた。
「想像出来ないんですよ、アナタが私以外に倒される姿なんて。アナタは私の中で、強いまま……」
「ユキ……」
蒼白い吹雪が二人を包み込む中、アミはユキの後ろ姿がとてもーーそう、とても哀しそうに見えた。
シグレの両手がガクリと墜ちる。その表情は笑みを浮かべていたが、以前の冷笑とは違い、それは憑き物が取れた様な憂いを帯びた微笑だった。
「アナタの事は絶対許せないし、大嫌いだけど……」
冷たく輝く蒼白い光が、その存在を消して逝くかの様に二人の、そして最後の特異点が墜つ。
“闘いの中でしか生きられない俺達にとって、真に正しいものが有るとするなら、それは強さだけだーー”
ユキはかつてシグレが自身に語った信念を、思いの丈反芻する。
「その揺るぎないまでの信念と強さだけは……好きだったーー」