気まずい空気を搔き消すためにコユキは言うのであった。
「そ、それでさ、バアルは? 何を守護したのかな? やっぱり裸、ってことはナメクジか蛭(ヒル)かな? なんだったのんアスタ!」
「あ、ああ、アイツは広い大陸に堕ちたからな、我らよりも長く巨獣を狩り続けていたんだよ、合流して守護に専念したのが大体数百万年遅れたんだよな…… んでその間にデバネズミの仲間達、ついでにモグラ達もすっかり我になついているし、マーモセットやメガネザルの短毛種や無毛種は兄者に心酔して崇めていたからな、結果、アイツはもっとニッチなものを守護する事にしたんだよ」
コユキはきょとんとしながら訪ねた。
「デバネズミよりニッチって…… 一体何なの?」
アスタロトは不愉快そうな顔を浮かべながらも、ちゃんと答えてくれたのである。
「あーあれだ、呪いで内臓丸出しになっちゃってその上死ねない蜂女とか、腰から上下に切り分けられた罪人の亡者とかだな」
コユキは言った。
「あれね……」
善悪も言った。
「で、ござる……」
アスタロトの話はさらに続くのであった。
「でも一番大切にして守護したのは打てば潰れるか弱い命『蝿(ハエ)』と既に『命無き』哀れな骨、腐乱死体、形無き霊魂の類だったな~、ぶるるっ! 本当に変な趣味をしてると呆れた物だったぞ!」
コユキと善悪は顔を見合わせて溜息を吐いた。
コユキが一同を見回しながらやれやれと言った感じで話し出す。
「蜂女は『ペナンガラン』、腰からバッサリが『マナナンガル』でしょ? 問題は大切にしている存在よね、ね、分かるでしょ? 善悪」
善悪もやや沈んだ表情で答えた。
「蝿はまんま『ベル・ゼブブ』でござろ…… 死者を率いる者って言うと、ま、まさかイーチ! ふ、不死の王『ベル・ズール・イーチ』で、あろう、か……」
「……でしょうね」
「おお、良く知っているじゃないか! アイツの左右から離れなかった魔王二人の名が『ゼブブ』と『ズール・イーチ』だぞ! 流石は善悪とコユキだな! 因み(ちなみ)にゼブブは蝿、ズール・イーチは生者を喰うって意味だぞ! バアル自身は『ベル・ゼビュート』とか呼ばれていたな、ゼビュートってのは尊大って意味だぞ、つまり『蝿の王』と『食人の王』が『尊大な王』に従っているって訳だな! この三王の総称として『バアル』帝王と呼ぶ場合もあるなっ!」
善悪が言った。
「こええ、コエーよぉ……」 プルプルプル
コユキが励ました。
「ぜ、善悪なら大丈夫よ、きっと…… 今回は残念ながらアタシは参加できないけどさ…… 頑張ってね…… そんじゃ帰るかな? 明日から就職活動も忙しいし――――」
「ず、ずるいっ! 最低だなこのブスっ! そもそもお前がアーティファクトをあんな下らない饅頭装置と交換しなければ良かったんだよ! この、百貫デブっぅ!」
「なにお! このトッチャン坊やがっ! んじゃあやってやるよぉ! まずはお前からだぁ! キイィィィ!」
「ムッシュムラムラっ!」
ボコスカボコスカポコポコガリガリ……
「「ふぅ~ふぅ~」」
トシ子の声が響く。
「やめんか! 二人とも、馬鹿じゃのう? 何故(なにゆえ)端(はな)から勝てぬと断じておるのじゃ! この腰抜けめがっ!」
善悪が言う。
「でも師匠、この肥満が攻守の要(かなめ)をオハバリにくれちゃったんですよ? 無理でそ?」
コユキも言う。
「そうよ、見た目が良いからって調子に乗ったあの美女が珍しく失態を演じてしまったのよ? 如何に傾国(けいこく)とは言えほんの少しは悪いかもよ?」
一応反省はしているようだ、珍しい……
それ程二柱の魔王は有名、所謂(いわゆる)ビッグネームだからだろう、ゲームなんかじゃラスボスでも全然イケる大物であった。
だというのに、亀の甲よりエッチな娘(こ)、ん? あ! H軟膏、んん? はっ! 年の功、か!
ベテラン聖女のトシ子は事も無げに言うのであった。
「情けないのおぅ~、最善が無いのであれば次善を揃えよ! じゃろうが! やれやれ…… なにもライコー由来以外に聖遺物が無い訳じゃあるまいし、人事を尽くして天命を待つ! じゃぞえ、まだ幾らでも有用なアーテハクトも残っているじゃろうが、のう、ヤギちゃんや?」
問われて答えるヤギちゃん曰く、
「ウン、アルゾ! ケハイ、ハ、チッチャイ、ケド、マダマダ、アルヨッ!」
善悪とコユキは声を揃えて言ったのである。
「「あ、有るの?」」
「ウンッ!」
「ほれ、簡単に諦めちゃダメだぞい、周囲をちゃんと見渡すのじゃぞい!」
「「りょっ!!」」
「ソソッ!」
オルクスの力強い頷きを皆で見届けて、本日の座学、アスタ先生の『地球と魔神の歴史』は終りを迎えたのであった。
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