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⚠この話は「夜夢を喚ぶ」の後日談のようなものです。夜夢のキャラクターは登場しませんが、最終話までの内容を含みます。
夜夢を読んだことを前提として書いてるので、世界観の説明は省いています。夜夢のほうを読み終わってからこっちを呼んでくれると嬉しいです!
男は両手で空気を切りながら、必死に走っていた。呼吸は乱れ、ドクドクとうるさい心臓の音が、昼下がりの暖かい空気に流される鳥のさえずりを飲み込む。地に落ちた桜の花びらを踏むと、今はまだ春なのだと思い出す、ずっと走っていたからか、今は体中から汗が吹き出すほど暑く感じる。
「……ここまで逃げれば。」
男は立ち止まると、周囲を警戒しながら、そっと路地に入った。建物の影が涼しく、やがて呼吸は整い、心臓の音も戻っていく。喉の乾きが目立ってきたが、水分を確保できるあてはない。せめて、拠点まで戻ることができれば……。
幸い、この路地の向こうは大通りだ。行き交う人の中に紛れれば、“あいつら”を巻きながら拠点に戻ることも不可能では無い。男はニヤリと笑うと、大通りに向かって駆けていく。
建物の影が無くなり、男の顔に太陽の光が降り注いだ時……「ザシュッ」という音が自分の胸元から聞こえた。
誰かに刺された。そう理解した次の瞬間、焼けるような熱さが胸元を襲い、口の中に血の味が溢れる。一体何が起きた、誰に刺された……困惑する男はやがて、路地へと引きずり込まれる。
顔は見えないが、女だ。片方の腰に3振ずつ、合計6振の刀を収めた、小柄な女。女は路地の真ん中で立ち止まると、男の顔を覗き込んで、胸ポケットから手帳のようなものを出して見せた。
「帝王の仰せの下に。縷籟警軍の土等 雛翔です。拠点の場所を吐いてもらいたい。」
「……嘘をつくな。縷籟の警軍のヤローたちに……お前みたいな奴は………。」
「嘘じゃないよ。……あなたの組織の連中はみんな、わたしの顔にピンと来ないみたいだけど、サーチ力がザルなんだね。」
「お前がどんな奴だろうと、拠点の場所は吐かない。」
「なるほど、やっぱり拠点があるんだね。それじゃあまあ、鄼哆王国にあるんだろうね。」
男の狼狽えたような態度を見て、ヒナトと名乗った女はにこっと笑う。
「ビンゴかな。悪いね、なんせ、わたしたちのサーチ力も、馬鹿みたいにザルだからさ。」
そして容赦なく、男の胸に刺さっていた刀を引き抜いた。
男の息が無くなったのを確認した時、背後から、なよなよとした声が聞こえた。
「ひ、ヒナちゃ〜ん!!」
ヒナトはその声に振り返る。
「コンラちゃん。遅いよ。」
「ヒナちゃんが〜速いんだ。て、ていうかさ〜、そもそもさ、そいつは警軍じゃなくて警察が追うべきだった奴で〜………」
コンラ、と呼ばれた女は、そうぐちぐち言いながらその場にしゃがみ込んだ。走っていたのか、肩で息をしている。
やがて警察が到着し、2人は路地から追い出された。大通りの反対側には、綺麗な小川が流れていて、その道沿いにずらりと桜の木が並んでいる。
路地からいちばん近い桜には、2人の男が寄っかかっていた。「ゲッ〜、ライリ。」というコンラの声に、顔を上げた男の片方も、「ゲッ、コンラ。」と顔を顰める。
「コンラちゃん、ライリ、威嚇し合わない。猫じゃないんだから。ホマレ先輩、他の奴らは?」
ホマレと呼ばれた男は顔を上げると、ニコニコしながら返す。
「全員、ライリーが撃ち殺したよぉ。」
「ああ、そっすね、図体がでかいだけの役たたずなコンラと違って、おれが全員撃ち殺したっす。」
「は〜?死ねよ。ホマレの前でだけ〜そうやってカッコつけるよな〜お前。」
コンラが不機嫌そうに言い捨てた。ライリはそれを見て楽しそうに笑うと、煙草を咥えて呟く。
「女こえー。すぐ死ねとか言うじゃんすか、縷籟警軍じゃ死ねなんてジョークにもならんのに。」
「あたしたちは〜そう簡単に死なないからこんなキショ部隊に入らされてるんでしょ〜。それとも何ですか〜、ライリ先輩……違った、今は後輩か〜。ライリくんは死ねって言われて死ぬくらいザコメンタルキモ男なんですか〜。」
「うわー、ひどいっすね。これは立派な後輩いじめ、パワハラっす。上層部に訴えてやる。てか、おれらの部隊のことキショいと思ってんすか。」
止めどころが見えない口喧嘩に、ヒナトは困ったような顔をした。
彼女ら4人は特殊部隊“タフリナ”と呼ばれる、縷籟警軍の精鋭である。
「本当に2人とも、低俗な喧嘩はやめてよ。わたしたちにまで変な印象つくでしょ。」
土等 雛翔、ドトウ ヒナト。縷籟警軍学校、第300期首席卒業生。現代の縷籟の最高戦力。子供のように低い背、高く結った髪が特徴で、刀を扱う。世界中のどこを探しても、剣技で彼女に敵う者はいないと言われているが、彼女は「さすがにないよ」と笑いながら否定している。
「だってさ〜、ライリ。ヒナちゃんに迷惑かけないで〜ほしいな、本当に喧嘩っ早いね〜、これだから男は。」
鈴鳴 金蘭、スズナリ コンラ。同校、第301期首席卒業生。ヒナトを慕っているらしいが、彼女には見合わぬねちっこい性格に、大の男嫌い。こちらは背が高く、整えられていない長い髪を垂れ流しにしている。背中に3挺の機関銃を背負っているが、使ってるところを見た事ある者はあまりいない。
「いや、先にふっかけたのはコンラっすよ。女ってのは、嘘しかつかないんすね、本当に。」
輪永 雷李、リンエイ ライリ。同校、第300期準首席卒業生。頭の回転が早く、ハッキング等も齧っている心強い戦力だが、いい加減な敬語と怒りっぽい性格、喫煙が全てを台無しにしている。戦闘では、腰につけた6挺の拳銃で敵を正確に撃ち抜く、本人曰く外したことはないらしい。
「喧嘩両成敗、ですよぉ。あと主語が大きいよぉ、これに関してはコンラさんが嘘つきだしぃ、ライリーが短気なだけでしょぉ。」
礼堂 宝希、レイドウ ホマレ。同校、第299期首席卒業生。背が低く、顔についている大きな傷が特徴。ライリの優秀な能力の数々は、彼の教育の賜物である。独特な語尾伸ばしの喋り方をするが、コミュニケーション上の問題はあまりない。同じく腰に括り付けてある6本のナイフを使う。
彼女らが所属する特殊部隊“タフリナ”は、警軍の中でも特に能力の高い者たちで編成される組織だ。人質の救出や敵地への侵入・制圧などをすることもあれば、凶悪犯罪組織を追い回すこともある。約100年前、縷籟警軍学校の特待生たちが大量虐殺された事件を受け、二度と同じような事が繰り返されぬよう、上層部の人間たちが話し合って出来上がった。
コンラとライリの言い合いが収まった頃、4人の元に、車の迎えが来た。運転していた軍服の男が車を降りると、ヒナトが一礼してから運転席に乗り込む。
「ヒナトさん、代わるよぉ。」
「いいですよ先輩。わたしが運転しますから。」
「ぼく、今日何もできてないから、運転させてほしいなぁ。」
「……ええ、わかりました、そういう事なら。」
ホマレは「ありがとうねぇ」と言いながら、運転席に座り、シートベルトを締めた。
「ちょっと待てよホマレ、おれ、このクソ女と後部座席っすか。」
「ヒナちゃんが〜後ろにきてよ〜、ライリはホマレの隣でいいじゃ〜ん。」
「ホマレ先輩、2人置いていきましょ。」
「そうしますかぁ。」
コンラとライリはすんと黙って、後部座席に乗り込んだ。ホマレが笑いながら言う。
「座席の文句言うのはやめてねぇ、ライリー。あと車内に臭いがつくから、煙草もやめようねぇ。」
ヒナトも続ける。
「ライリーってめっちゃ煙草の臭いするから隣けっこう嫌なのわかるけど、我慢してね、コンラちゃん。」
ライリはなにか言おうと口を開きかけたが、返す言葉が見当たらずに閉じた。やがて車が発進すると、しばらくの沈黙が訪れる。一番最初に口を開いたのはホマレだった。
「ヒナトさん、あの人を追いかけ回した収穫はあったぁ?」
「まあ、微妙ですね。例の組織の拠点は恐らく、鄼哆王国にあることだけ。」
「おれらもそう聞いたっす。そんじゃあ、間違いなさそうっすね。」
「そもそも〜、犯罪組織の拠点なんて〜ほとんどが鄼哆王国って決まってるし〜……。」
「コンラちゃんの言うことなのに珍しく否定できないね。詳しい場所はわかるかな、ライリー。」
「まあ、国特定できたんでなんとか……鄼哆ってここ100年くらい大荒れっしたから、簡単かって言われたらそうでもないっすけど、やらないって選択肢はないっすもんねー。ホマレ、あれ出して。」
「ヒナトさん、ぼくの鞄。ぼくも手伝うねぇ。」
「ホマレ先輩は運転に集中してください。丁寧にしないとライリーすぐ酔いますよ。」
ヒナトはホマレの鞄から取り出した端末をライリに渡した。
「ライリー、あなた、ホマレ先輩に荷物持ちさせてんの。」
「まー、ホマレなら、片手塞がってても犯罪組織の1つや2つ、潰せますしねー。」
ライリはそう言いながら、足を組んで端末を触り始める。
「適当なこと言わないでよぉ、無理だよぉ。今日だって全部ライリがやっつけたしぃ。」
「ホマレが出る幕もなかったんすよ。自分弱いですぅみたいな顔と声と喋り方と身長やめたほうがいいっすよマジで。まー顔はまだ、傷跡ありますから、マシっすけど。」
ホマレは嬉しそうに笑うと、片手で小さな端末を触り始めた。
「これだから、わたしが運転したかったのに……。」
彼は人の話を聞かない。警軍だというのにながら運転だなんて、真面目なヒナトには大変信じ難いが、止めても無駄だ。
「わたしもそういうの強けりゃな。」
「……さっきから黙りこくってる無能と違って、ヒナトは戦力として活躍できるんで、こういうねちっこい事はしなくていーんすよ。まともな戦績ない上、こういうデジタル的なこともできやしないどっかの誰かと違って。」
ライリはちらちらとコンラを見ながら言った。ずっと静かだったコンラが大きな声をあげる。
「2回も言うなよ〜、ていうか〜、あたしだって本気出したらライリーより強いし〜……!」
「否定しないっすよ。ただし日頃から出せないのがキツいんっすよ。」
「ライリーは普段使いで、コンラさんは最終手段みたいな感じあるよねぇ。」
「その最終手段が活躍する時なんて来ないんすけどねー…………あっ。おお、マジか、なんか、特定成功したっす。」
「おぉ、よくやったねぇ、ライリー。」
さらっとした報告とさらっとした褒め言葉に、ヒナトは危うく流されるところだった。
「え、早ない?」
「早いっすね。組織名も建物も出てきたっす、これで間違いないんじゃないすかね。」
各自の端末から確認された情報は、確かに、今自分たちが追っている犯罪組織のもので間違いない。
「すごいね。そんな技術力があるんだ。」
表情を明るくするヒナトに、ライリは「いや」と顔を少し曇らせながら答える。
「大したことはしてないっす、おれらのサーチ力は基本的にカスなんで。それが問題なんっす。なんつーか、これ見よがしなんすよね。」
「罠ってことかなぁ?」
「待って、今日わたしが追いかけてたあいつ、わたしのことを知らなかった。この組織がタフリナのことを知らないなら、この罠はタフリナ宛てじゃなくて、縷籟警軍宛てだと思う。」
「それ、めっちゃいい考察っす。いくらカスとはいえ、タフリナを相手にしてんならもうちょい難易度高くてもいいと思うんすよ、こんなんじゃ罠だってあからさますぎるんで。てことは、最高戦力が突っ込んでくる想定はしてない。乗り込んで制圧しても問題ないと思うっす。」
「待ってぇ。そもそも罠があること自体に引っかかることを忘れてるよぉ、みんな。この組織は縷籟警軍を意図的に自陣に誘いこもうとしてるみたいだけど、何が目的かなぁ。」
「ま〜、縷籟警軍を殲滅したいとか、どうせ〜そんなんじゃないかな〜。」
コンラのその発言で、空気がスっと冷えた。「えっ、変なこと言った〜……!?」と困惑するコンラに、ヒナトは「コンラちゃん、心当たりない?」と問いかける。
「縷籟警軍の殲滅を目的として、警軍に喧嘩を売っていた、鄼哆の犯罪組織に。」
「あ〜っ……。」
「いや、偶然っすよ、そんな。それって100年くらい前の話っすよね?ていうか、あれ、教材に載ってるだけのデマ昔話じゃないんすか?」
「いやぁ、あれは実際に起きた出来事だよぉ。まあ、それはそれとして、偶然だとは思うけどねぇ。」
「今考えたって仕方ないっす。とりあえずこの組織……えっと、情報によると、“プリムラ・シネンシス”っていう組織らしいっす、この組織潰しましょ。」
「プリムラ・シネンシス、か〜、変な名前だね〜。長いし〜。」
背中に残る寒気を拭えないまま、4人は黙り込む。
耐え切れなかったライリが車窓を開けると、風といっしょに、桜の花びらが舞い込んできた。今日はやけに風が強く、あおられて落ちた桜が、道路脇に、雪のように積もっている。
「む、虫入ってくるから〜、やめて〜……。」
コンラにそう言われて、ライリは無言のまま、ピシャリと車窓を閉じた。
続く
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