「そっか」
私は素っ気ない返事しか出来ない。
「ねえ、私物とかは?」
話を進めようとしても
「いいじゃん。もうちょっと付き合っていた時のことを話そうよ?同棲していた時、桜がさ……」
話をはぐらかされる。
今日、優人と会った目的は、お金と私物を返してもらうって約束で会っているのに……。
目の前のアイスティーだけが減っていく。
あ……れっ?
身体が急に怠くなった。
優人が二重に見える。
こんなに急に眠くなるってこと、ありえるの?
テーブルに手をつき立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、ストンと再びイスに座り込んでしまった。
「桜、どうした?」
優人が私に声をかけるのが聞こえた。
ぼんやりとした視界の中、彼と目が合った。
彼は私を心配しているように見えず、むしろ笑っているように見えた。
…―――…――――…―――…――――
「もしもし?パパ?ごめん。会社に忘れ物しちゃって。帰るの遅くなるから。子どもたち、お願いね。夕ご飯は冷蔵庫に作ってあるから、温めて食べて」
一旦途中まで帰ったが、財布を会社に忘れたため、取りに戻っていた。
「あーあ。今日は残業もなかったのにな」
遥はポツリ呟いた。
ふと、会社近くのファミレスの横に止まっているタクシーに目がいった。
「えっ……!?桜!どうしたの?」
|後輩《桜》が男に抱えられ、タクシーに乗ろうとしているところだった。
あの男には見覚えがある。
「ちょっと!桜!」
タクシーに近づき、躊躇なく声をかけたが遅かった。
彼女に遥の声が届くことはなく、タクシーは行ってしまった。
<嫌な予感しかしない>
そう思い、慌てて携帯を取り出し電話をかける。
<プルルルル……。プルルルル…。>
何回かコールしている。
早く出てほしいと彼女は願った。
<もしもし?>
相手が電話に出たことで安堵したが
「蒼!大変なの!桜が!!」
タクシーを走って追いかけ、遥は息を切らしながら弟《蒼》に自分が見た光景を伝えた。
…――――…――――…――――…――――
あれっ……。ここ、どこ?
目を開けた。
見覚えがある場所。
ここは、前の家だ。
優人と同棲をしていた時のアパート。
どうしてここに……。
記憶を辿る。
私、ファミレスで優人と会って、それで……。
えっ、身体が動かない。
手足が何かで縛られている。口もタオルか何かで塞がれている。
自分の状況がわかり、急に恐怖が襲う。
怖い、何をされるんだろう。
私、殺されるの?
辺りを見渡すと優人はいなかった。
手足が自由にならないか、結束バンドのようなものを動かすも全く抜ける気がしなかった。
バンドが手や足に当たり、痛いだけだ。
ジタバタしていると
「もう起きたのか?もっと薬を盛れば良かった」
優人が現われた。
離してと声を出そうとするも「はは゛じて゛」口が塞がっていて、上手く言葉にならない。
呻いていると、優人の後ろから見知らぬ男性の姿が二人見えた。
この人たち、誰?
「優人、良いのか?元カノ脅して」
「思ったより、子どもだな。容姿。こんな子の映像で売れるかな?」
男性が二人会話をしている。
「こういう素人感が良いと思うよ。少なくても金になるから。何本か撮ろうぜ?いろんなパターンのもの」
優人が返答をしている。
「編集にはモザイクかけてくれよ?俺は顔を晒されるの嫌だから」
「ああ。わかった」
映像?モザイク?売れる?
これって、もしかして……。
私のこと、アダルトビデオとかで売ろうとしているの?
「うううう゛」
一生懸命声を出そうとしても、タオルが邪魔をしていて大きな声も出せないし、これじゃあ助けてって言葉も誰にも聞こえない。
「さあ、早く始めようぜ」
「わかった。準備するから待って」
一人の男がカメラを準備している。
私は優人を睨みつける。
「お前が悪いんだよ。勝手に出て行くし……。バカにしやがって。少しでも金になってもらうから」
この人、本当に最低だ。
お金を返してくれるって言葉に騙された自分が本当に情けなくて、惨めで涙が出てくる。
「おっ。その顔。良いね!じゃあ、撮影始めるからな」
男の人がそう言うと、もう一人がブラウスの上から胸を触り始めた。
「う゛゛」
そして顔が急に近くなる。
嫌、イヤ!!
首筋に男性の息がかかった時だった。
<ピンポーン>
チャイムの音が聞こえた。
ピタッと男の手が止まった。
「なんだ?」
続けて
<ピンポーン、ピンポーン>
何回も鳴り続けている。
「チッ。カメラ止めるぞ。優人、ちょっと見て来いよ?」
「わかった」
腕を組んで私の様子を見ていた優人が玄関に向かった。
「おい、誰もいないぞ」
玄関ドアのドアスコープから相手を確認したみたいだが、誰もいないと優人は戻ってきた。
お願い、誰か気付いて。
私は声を出し続けた。
「ううううんん゛!!」
こんな小さな声じゃ、届かない。
しかし再び<ピンポーン>とチャイムが鳴り始めた。
コメント
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蒼さん、早く来て欲しい😭