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そあふぃー
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隣の部屋のドアの前に立ち、柊吾は震える指でインターホンを押した。
ピンポーン、と間抜けな音が響く。
押した瞬間、猛烈な後悔が押し寄せてきた。
(――待て。今日、休みかもって決めつけてただけだろ。もし違ったら? 寝てたら? 迷惑じゃないか……?)
謝りたい気持ちが先走って、勢いで押してしまった。壁越しに聞こえたあの物音だって、本当に瑞樹がいる証拠だとは言い切れない。ただの空耳だったかもしれない。
(……やっぱり、無理だ。今すぐ帰ろう)
弱気に押し潰され、柊吾は踵を返しかけた。
その時だった。
――カチャリ。
背後で、静かに鍵が回る音がした。
「――え」
心臓が跳ね上がる。逃げるにはもう遅い。振り返るしかない状況に、柊吾は硬直したまま立ち尽くした。
「はい。……あれ、柊吾さん。どうされました?」
息が苦しい。心臓が肋骨を裏側から激しく叩く音を聞きながら、柊吾はぎこちなく向き直った。
「あ、あの……っ、黒瀬さん……!」
ドアの隙間から現れたのは、眼鏡をかけ、ラフな部屋着姿の瑞樹だった。いつも着ているおひさまのロゴが入ったシャツとは違う、少しリラックスした雰囲気に一瞬息をのむ。
「あ、あの……あの日、ゴミ捨て場で……僕、変な態度取って逃げちゃって……! いつもお世話になりっぱなしなのに、その、ずっと謝りたくて……っ!」
頭を深々と下げる柊吾に、瑞樹は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく目を細めた。
「……なんだ、そんなこと。気にする必要なんてなかったのに。そういえば、今日は真理子さんのデイサービスの日ですよね? この後って、何か予定はあるんですか?」
「へっ? ええっと、ない……です」
「そうでしたか。じゃあ、せっかく来てくれたんだし、中に入ってお茶でもどうです? ちょうど俺も暇を持て余していたんですよ」
「えっ、あ、お邪魔します……」
一瞬迷ったが、せっかくの厚意を無駄にするわけにもいかない。それに何より、瑞樹とふたりきりでゆっくり話ができる——その事実が密かに嬉しくて、柊吾はこくりと頷いた。
案内されたのは、シンプルで清潔感のある居間だった。
自分たちが住む部屋と全く同じ間取りのはずなのに、そこは別世界のような洗練された和モダンの空間だった。古臭い六畳の畳はダークブラウンのフロアカーペットで覆われ、壁紙も清潔感のある白に張り替えられている。
業者が入った気配はなかったから、おそらく瑞樹が一人でDIYしたのだろう。
奥に続く扉がひとつ固く閉ざされているのが少し気になったが、生活感を徹底的に排した室内は、どこか高級ホテルの一室のようでもあった。それにどこかい匂いがする。
「……すごいですね。とても、築三十年越えの古いアパートとは思えないです」
「ふふ、趣味なんです。自分で少しずつ手を加えるの、意外と楽しいですよ」
瑞樹はフッと目を細めて微笑むと、「そこに座って待っていてください」と台所へ向かった。
置かれた家具のひとつひとつセンスが良く、同じ間取りなのに自分の部屋との格差を突きつけられたようで、柊吾の胸の奥が少しだけキュッと絞めつけられた。
「お茶をどうぞ」
「……あ、ありがとうございます……っ」
ローテーブルを挟んで向かい合って座り、湯気の立つ湯飲みを差し出される。
ようやく面と向かって話せるタイミングが来たというのに、いざ目の前にあの穏やかな顔と低く優しい声が存在すると、喉がキュッと締め付けられて言葉が出てこない。
(言わなきゃ……あの日逃げ出してすみませんって、ちゃんと謝らなきゃ……!)
あんなに練習したはずの謝罪の言葉が、瑞樹のまっすぐな瞳に見つめられた瞬間、綺麗さっぱり頭から吹き飛んでしまった。
重苦しい沈黙が数秒流れ、耐えかねた柊吾の口から飛び出したのは——
「き、今日は……すごく、いい天気ですよね……!」
(……は? いい天気?? 僕は何を言ってるんだ!)
言った瞬間に自分のバカさに頭を抱えたくなった。そんなことをわざわざ言いに来たわけでは無いのに。
「ええ、絶好のお洗濯日和ですね。真理子さん、素直にデイサービス行ってく
れました?」
「あ……はい! 笑顔でお迎えの車に乗ってくれました。嫌がられなくてよかったです……」
優しく乗っかってくれた瑞樹に救われたものの、柊吾の心の中は自己嫌悪の嵐だった。
(なんなんだよ僕のバカ!! なんで小学生の挨拶みたいなこと言ってんだよ!! 黒瀬さんは『気にしなくていい』って言ってくれたのに、僕が勝手に引きずって、一人で焦って……本当に格好悪い……っ)
気に病む必要なんてないはずなのに、瑞樹の前に立つとどうしても自分がちっぽけで情けなく思えてしまう。焦れば焦るほど墓穴を掘っていく感覚に、額にじっとりと嫌な汗が滲む。
コメント
1件
うわあ、柊吾の緊張がひしひしと伝わってきて胸が締め付けられました……! あの「いい天気ですね」の台詞には思わず笑ってしまいましたが、それだけ瑞樹さんの前で必死なんだなと。それにしても瑞樹さんの部屋、自分でリノベしたっていう設定と、あの閉ざされた扉がすごく気になります。ふたりの距離が少し縮まった感じがして、ほっこりすると同時に今後の展開が楽しみです!