頭が真っ白になる。先程までの快感が嘘のように引いていく。
しかし、
そんな俺に気付かない祐希は、後ろでふぅと一呼吸置くと‥
 「抜くね?」
 と、丁寧に声を掛けてきた。頭を撫でながらずるりと自身を引き抜く。
 きっといつもそうしてるんだろう。最後まで気遣うような行為に、本当なら嬉しさを感じたはずなのに‥
 あの言葉さえ聞かなければ‥
 
 
 「‥‥祐希、なん‥で?」
 「えっ?」
 
 終わったと思って安堵している祐希が、不思議そうに俺を見つめる。近くに置いていたタオルで優しく拭こうとしているんだろうけど‥
 そんな祐希を俺は涙目で睨みつける。
 それでも、そっとタオルで俺の身体を拭おうと差し出す手を勢いよく跳ね除けた。
 バシッ‥乾いた音が寝室に響く。
 
 「と‥智君!?どうしたの?」
 「どうした‥じゃ‥ないよ!!」
 我慢できなかった涙が零れ落ちる。
 「な‥んで、アイツの名前なんて呼ぶ‥の、聞き‥たく‥ない‥グスッ‥」
 「アイツ?」
 「お‥ぼえてないわけ?じゃあ無意識に?信じられない!祐希‥最後、”藍“って言ったじゃん!!俺じゃなくて藍を想像してたんだろ?抱いてたのは俺なのに‥‥グスッ‥」
 
 「俺‥藍って‥言った‥の?」
 祐希の声が震えている。その様子を見れば本当に無自覚だったんだろう。
 いや、それもそうか。今までずっとそうしてきたんだろうから。
 達する時にいつも藍の名前を呼んでいたんだろう。
 それだけの事なんだ。
 
 でも‥それが許せなかった。
 嘘をついたのは自分なのに。自分勝手な願いで抱いてもらったのに‥。それなのに俺は祐希を責める。
 
 責める資格なんてないはずの俺が‥
 
 
 「はっきり言った‥藍って‥(ポロポロ)」
 
 「ご‥ごめん‥智‥くん‥」
 「謝らないで、虚しくなるじゃん。そうか‥祐希は藍を想像してたのか‥はは‥」
 「とも‥君」
 「‥俺、言うからね‥」
 「えっ?」
 「藍に全部話す。今日のこと全部話す!!」
 ややヒステリックに叫ぶと、祐希の顔が青ざめるのをどこか冷ややかな気持ちで見つめた。
 「智君!?約束が違う‥」
 「グスッ‥約束?俺が言ったのは、祐希が俺と寝てくれたら、小川は手を出さないって話だったでしょ?俺が藍に話さないなんて、一言も言ってないよ?」
 そんなものは屁理屈だ。でも、今の祐希には効果絶大だった。
 「ダメだ!藍に話したら‥」
 「話したらダメ?‥藍に嫌われるから?嫌だね、全部話す!」
 構うもんか!と吐き捨てる。
それがどんなに祐希を傷つけることになっても‥止められなかった。
 狂った狂気のような感情がどんどん膨れ上がる。
 「ははは‥どんな顔するかな?藍にぜーんぶ話したら‥泣くかな?アイツ‥‥」
 
 楽しくも何ともないのに、俺は泣きながら笑った。
心はとっくに壊れてしまったのかもしれない。
 「ねぇ、俺を藍だと思うならさ‥もっと、愛してよ?藍にするみたいに、出来るだろ?」
 俺の言葉にふるふると頭を振る仕草に異様に腹が立つ。
 「できない?‥なんで?藍だと勘違いしたんだろ?なら、出来るよね?愛してるってキスしてよ?さっきみたいに‥」
 「智君‥無理だ‥」
 「無理なわけないよ、やるしかないんだよ!そうだな‥愛してるって言ってくれたら‥藍には言わないでおくよ。どう?」
 
 涙をボロボロ零しながらも、挑発するように祐希を見上げた。それでも、祐希は一向に頷かない。
 
 「ダメだ、出来ない。言えない‥」
 小さな声で祐希が答える。
 「言えない?‥な‥んで?さっきは抱いてくれたじゃん。たった一度、好きって言うだけじゃん。なんで‥言えないんだよ‥なん‥で‥、、、」
 身体は繋がっても心は違うということなんだろうか。
 それでも‥言って欲しかった。好きだと。偽りでも構わないから。祐希の口からその言葉を聞きたかった。
 泣きながらベッドを見渡した。情事の後の乱れたベッドにはさっきまで繋がっていた形跡があるのに‥
 転がるローション、乱れたシーツ、ティッシュに包まれたゴム‥
 全てが今だに鮮明にそこに存在するのに‥
 祐希の心だけがなかった。
そう‥ここにはない。どんなに泣いて縋っても、俺は手に入れることは出来ない。
 たった一度、身体を重ねるだけでいいなんて‥嘘っぱちだ。
重ねた直後だから分かる。もっと欲しいと願う。祐希ともっと‥。一つになりたい。
 
 「智君‥ごめん。俺は智君の気持ちには応えられない。藍しか見れないんだ。ごめん‥好きって言えなくて、ごめん‥」
 何度も謝罪する祐希の声がもう遠くに聞こえる。
心が受け入れたくないんだろう。張り裂けそうで‥。
 
 ああ‥何だか‥疲れた。酷く疲れた気がする。身体が鉛のように重たい。急に手足を動かすことさえ億劫になる。
 
 「謝んなくていいよ‥それより、なんか疲れた‥ねぇ、祐希?も‥いいから、今日は俺といて?やくそ‥く、だよね?やくそく、守って‥く‥れたら、藍には言わないから‥ 」
 激しい疲労感に包まれ、喋るのも途切れ途切れになる。 俺の身体はどうしてしまったんだろう。神経を張り巡らせすぎたのか‥
 今すぐにでも眠りたかった。この意識を手放したい。辛い現実から逃れたい。それでも、祐希にはいて欲しかった。そばにいて欲しいと頼み込む。
 気怠い中、祐希を見上げると、複雑な顔をしていた。‥軽蔑しているのかもしれない‥さっき脅すような発言をしたから。
 「‥ごめ‥ん、グスッ、も‥言わない‥か‥ら、そばに‥いて、お前が‥いない‥と無理‥‥お願い‥だ‥から‥」
 乾くことを知らない涙がいくつも溢れては零れ落ちていく。
 
 「智君‥」
 
 それでも、出ていくかと思った。正直、祐希は帰るんだと覚悟した。
なのに‥約束したからなのか、静かに乱れたベッドを整え、シーツも替えてくれた。
そして、今だに床に座り込む俺を抱き抱えると、ベッドの上に静かに降ろしてくれる。
 何をするんだろう‥横たわりながらそう思っていると、温かいタオルを用意し身体を優しく拭き始めた。
自分よりも俺を優先してくれているんだと分かり‥またじわりと涙が滲む。
 気怠い身体は動かそうと思えばできたが、俺はしなかった。優しく後始末をしてくれる祐希にただ‥甘えていたかった。
 
 
 そして、ベッドも俺も綺麗に整えると、静かに祐希が離れていく。途端に不安が全身に押し寄せる。
 「どこ行くの!?嫌だ‥」
 「大丈夫だよ、シャワー、借りるだけだから」
 泣きそうに叫ぶ俺にそう言うと、寝室から出ていった。祐希が気になり、気怠い身体を何とか起こすと、そっと様子を伺う。
 確かにシャワーの音がする。
 ホッとするも‥、その後帰るんじゃないかと心配で堪らなかった。
 気が気じゃない。
 
 
 しかし、何故か祐希は帰らなかった。
 シャワーを済ませると、再び寝室へと戻ってきて‥
 「ゆ‥うき‥?」
 「まだ起きてたの?寝ていいよ、俺いるから‥」
 優しく髪を撫でてくれる。撫でるたびにふわりとシャンプーの香りが鼻をくすぐり‥また涙腺が緩んだ。
 祐希はそばにいると言ったが、不安だった俺はずっと手を握りしめていた。離すもんかと子供のように繋いだまま。そうして、いつの間にか深い眠りへと落ちていく‥
 
 
 
 
 
 
 「‥ん‥」
 ふと目が覚める。そして、覚醒するのと同時に祐希を確認した。眠っている間に帰ってしまったんじゃないかと思い、慌てて起き上がる。
 しかし‥すぐ隣に祐希は眠っていた。すやすやと規則正しい寝息が聞こえる。
 ほんとに律儀だと思う。確かに約束で今夜まで‥と言っていたが、本当にそれを守るためにココに残るなんて。
 携帯を開く。
 時刻は明け方に差し掛かっていた。もうじき、夜が明ける。
ああ、もう少しで祐希との一夜が終わる。
 「嫌だな‥俺、ずっとお前といたいよ‥」
 隣で眠るあどけない寝顔に思わず呟く。もちろん、答えなど返ってこない。
 「なんで‥お前は藍がいいんだろうな‥」
 ツンツンと頬を突くが、よほど深い眠りなのか‥微動だにしない。
 まだ気怠い身体をのそりと起こすと、ゆっくりと寝顔を見つめた。頬を優しく撫でてやると、少し口元が緩んだような‥そんな気がする‥
 堪らず、唇を重ねる。それだけで、昨日繋がった蕾の部分の感覚が蘇り、じわりと甘い疼きが腰に響いた。
 
 まだ‥起きないで‥
 そう願いながら、祐希の唇に舌を這わせた。
 もう少し、もう少しだけと願いながら。
 意外にも、その願いは叶えられる事になる。よほど疲れていたのか、祐希は起きる気配を見せない。
 昨日の余韻を探るように、唇から胸元に舌を這わせるが、瞳を開くことはなかった。
 最後だからかな‥なんて、自分勝手に思い込み、起きないことをいい事に身体中を堪能した。
 軽く上半身にバードキスを施していると、一度だけ祐希の口から吐息と共に言葉が紡がれる。
 
 「ん‥‥ら‥ぁ‥ん」
 
 その言葉でピタリと這わせていた舌をやめた。
 
 顔を覗き込むと相変わらず、すやすやとよく眠っているのに‥
 「寝てるくせに‥また‥呼ぶんだね‥その名前‥」
 夢の中でも藍を想っているんだろうか。
 
 敵わない‥こんなにも強い想いには‥
 俺が入り込む隙間なんてないよ。
 不意にまた涙が溢れ、悲しみが全身を襲う。
 こんなにも好きなのに、この想いは届かない。
 泣きながら、祐希の頬にまたキスをした‥
一雫ぽたりと頬に落ちる。
 その微かな刺激で‥何故か祐希の目が開く。
 起きてしまった‥
 そう思ったが、どうやら違うみたいだ。
まだ夢の中にいるようなまどろむ瞳が俺を見つめていて‥ふわりと抱き締められた。
 
 そして‥
 「らぁ‥ん、泣いて‥んの?‥‥」
 
 そんな風に呟く声が耳元でした。その後は、すぐにまた規則正しい寝息に変わったが‥
 
 祐希に包まれて‥また俺は泣いた。
 泣く俺を‥いや、藍を心配しているであろう祐希が、寝ながらギュッと抱きしめてくれて。その暖かさを感じながら‥
 声を殺して、泣いた。
 
 どうして俺は好きになってしまったんだろう。
 はじめから敵わない恋だったのに‥
コメント
5件
切ないけどやっぱり藍くんが可哀想😭 石川くんよ、藍くんをこれまでにないかいくらい愛してあげて欲しい…

こんな智さんを見ても ただただ藍くんが幸せであってほしいと願ってしまうよ…ゆうきさん。ゆうきさん頼むよ~

痛みをともないつつ 楽しみにしてる自分…ヤバいす 幸せが待ってるといいなぁ…