レナードの号令を合図に、村に陣取るバイロン兵に向かって突撃を開始した。
百人ほどの兵が声を上げ剣を手に駆け下りる。
何事かと焦るバイロン兵達が慌てて剣を抜いて構えるが、指示が行き届かないのか統制が取れていない。
駆け下りていく兵の後方から、弓の部隊が一列に並んで矢を放った。矢は弧を描きながら空高く飛び、村の周りを囲んでいるバイロン兵へと降り注ぐ。
バイロン兵は、剣で矢を落とす者や逃げ惑う者がいて混乱極まりない。その中を黒の軍服の騎士が現れ馬で移動しながら号令をかけた。するとだんだんと統制がとれて反撃を始める。
遅れて突撃するために待機していたトラビスが、その様子を見て感嘆の声をもらした。
「へぇ、あの騎士は素晴らしいですね。バラバラになっていた兵がまとまり始めた」
「待って…あれは…ゼノだ」
「ゼノとは?」
「トラビスも会っただろう?使者として王城に来た第二王子リアムの側近だよ」
「…あ、確かに!第二王子の傍にいましたね。でも彼がなぜここに?」
「わからない…。怪我をしたリアムの傍にいると思ってたんだけど…」
「ふむ…まあ第二王子の側近といえど、バイロン国の騎士ですからね。王や第一王子に命じられれば戦場へも来るでしょう」
「そうだね…」
トラビスに頷きながらも、気持ちが釈然としない。ゼノがリアム以外の命令を聞くとは思えない。
考え込む僕の肩にトラビスが手を置く。
「レナードの隊列が敵兵に到達しました。我々も行きますよ。どうかくれぐれも油断なさらず俺の傍から離れないでください」
「わかってる」
僕は前を向いたまま答える。当然油断はしない。だけどトラビスの傍から離れることもあるだろう。トラビスだって僕に構っていたら本来の力が出せないじゃないか。
僕の態度に訝しげな顔をして、トラビスがこちらを見てくる。
僕は横目でトラビスを見ながら「大丈夫だから早く号令をかけて」と言った。
僕とトラビス、そしてトラビスの隊は丘の横から回り込んで敵の側面にいる。バイロン兵がレナード隊に気を取られている隙に横から崩すのだ。
トラビスは先に出たレナード隊の様子を見ながら号令をかけた。
「敵兵を退け村人を守れ!村人の保護が最優先だ!行けっ」
五十人ほどの兵が声を上げて走り出した。
いきなり横から現れた敵兵に、バイロン兵が怯む。
「フィル様、俺の後ろに」
そう言って馬を走らせるトラビスの後ろをついて行く。
慌てて体勢を立て直そうとするバイロン兵の中を移動していたゼノが、トラビスに気づく。そして周りのイヴァル兵を一瞬で蹴散らして目の前に来た。とても険しい顔でトラビスを見ている。
「おまえは確かイヴァル帝国の将軍!自らここまで出向いてきたのか!」
「第二王子の側近のおまえこそ、なぜここにいる?この戦を仕掛けたのは第一王子ではないのか」
「…いや、これは…」
言いかけてゼノが僕に気づいた。ひどく驚いたらしい。動作が止まってしまっている。
僕はトラビスの隣に並んで声をかける。
「ゼノ、久しぶりだね。どうしてここにいるの?リアムは元気になったの?」
「…フィル様…あなたこそなぜ…。わざわざこのような場所に出向いて来なくていいものを」
「どういう意味?大切な自分の国が侵略されてるんだから、王として出て来るのは当然だと思うけど?」
「しかし、来ないでいただきたかった!あなたは即刻帰るべきです!将軍殿、今からでもいい。イヴァルの王をこの村から遠ざけてください!」
ようやく口を開いたと思ったら、今度はひどく焦っている。冷静なゼノしか知らない僕は、とても不審に感じた。
僕は馬を進めてゼノに近づく。
しかしすぐさまトラビスが僕の前に出る。
「トラビス、邪魔だ」
「いけません。知り合いなのかもしれませんが、彼は敵です」
「話を聞きたいだけだ。ゼノ、僕はここから離れない。離れるならおまえ達の方だ。ここはイヴァル帝国の領地。今すぐに立ち去ってほしい」
「できるならそうしたい…。今回のことは俺の本意ではありません。しかし主の命には逆らえぬし、主を放ってもおけませんので…」
「主とはバイロン国の王のこと?それともリアムのこと?リアムを放っておけないのなら、すぐに城に戻ればいいじゃないか」
「いえ…それは…」
突然トラビスが剣を振った。カキンと金属がぶつかる音がして、バイロン兵の一人が弾き飛ばされる。
「フィル様っ、悠長に話してる場合ではありません!ここは危険です!」
「でもまだ話がっ」
「話も何もその男は敵です!俺が斬り捨てましょうか?」
ゼノも飛んできた矢を剣で退けながら「遠慮する」と馬首をめぐらせる。
「あっ、待って!村人達に怪我をさせないでっ」
「わかっております。抵抗しない者に無体なマネはしませんよ、我が主は。フィル様、俺は忠告しましたよ?一刻も早くここから離れますよう。もしくは早く降参を」
「ゼノ!」
ゼノは言いたいことだけ言うと、再びイヴァル兵を蹴散らして兵団の中へと消えた。
ゼノが去った方角を見ていると、背後から音が聞こえた。瞬時に剣を抜き飛んできた矢を叩き落とす。
「フィル様っ」
「大丈夫だ。問題ない。僕のことは気にせずに進め」
「はい。しかし先ほどの彼の言葉が気になります」
「ここを離れろと言ったこと?僕は離れないよ。ここを取り戻すまでは。ましてや降参などしない」
「もちろんです。この土地を見捨てるようなことはしません。ただ、彼はなぜあなたを遠ざけたいのか。ここにあなたがいると不味いことでもあるのか」
「それを知るためにも僕はここにいる。それに命をかけて戦ってる騎士達を置いて逃げるなんてしないよ」
「フィル様…」
僕はトラビスと目を合わせ、トラビスの背後を見る。兵の集団が散らばって、村の中央に立てられた旗まで道ができている。
僕は愛馬ロロの横腹を蹴って走り出した。
「あっ、お待ちを!」
後ろからトラビスが慌てた声を出す。
少しだけ振り向くと、横から現れたバイロン兵の集団に塞がれて、トラビスが足止めされている。
僕の名も称号も呼ぶわけにもいかず、トラビスが雄叫びを上げた。
「ごめんトラビス」
声に出さずに謝って、旗に向かって突き進む。
僕に気づいて阻もうとするバイロン兵を、魔法を使って弾き飛ばす。どんどんと旗に近づくにつれて、旗の下に大将らしき男が剣を手に立っていることに気づいた。
あの男が我が国に戦をしかけてきたのか?金髪に高身長の男…。第一王子なのか?だけど旗が違う。リアムには第一王子以外にも兄弟がいるの?でもそんな話は聞いていない。
……いや、待って。僕はなにか勘違いをしている。リアムはひどい怪我をした。だから城に戻って養生していると思い込んでいた。だけどあれから何日経っている?もうすっかり動き回れるはずだ…。金髪に高身長。それに男が手に持っているあの剣を、僕は見たことがなかったか。あれは…あの男は…。
向こうを向いていた男が、僕に気づいて振り向いた。
僕は衝撃のあまり手綱を離してしまい馬から転げ落ちた。強かに身体を打ち、すぐには起き上がることができない。呻きながら上半身を起こした僕の目の前に、黒いブーツが見えた。
「なんだおまえ。勢いよく突進してきた割には馬から落ちて。バカなのか?」
「…え?」
リアムの声だ。ずっと聞きたかった愛しい人の声だ。だけど優しさが微塵もない。それどころかなんて冷たいんだ。
ゆっくりと顔を上げて、すぐ傍に立つ男を見上げた。
「リア…厶…」
「なぜ俺の名を知ってる。どこかで会ったのか?」
リアムがしゃがんで僕の顎を掴む。
「僕が…わからないの?」
「知らない。だが、おまえは美しいな。白い肌に輝く銀髪。決めた。おまえは俺の妻にする。城に連れて帰るぞ。一緒に来い」
「なにを…言って…」
「立て」
リアムが立ち上がりながら僕の腕を引っ張った。