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リアムに引きずられるようにして立った瞬間、僕の身体が宙に浮いた。
「あっ!待て!それは俺のだっ」
「リアム…」
遠く離れて小さくなるリアムの姿が、涙でにじむ。
「フィル様っ、大丈夫ですか?落馬した時に怪我はっ」
「大丈夫…」
バイロン兵に阻まれていたトラビスが、馬で駆けつけ僕を担いで逃げたのだ。
「一旦、陣へ戻ります。見える怪我がなくとも、骨を折っているかもしれません」
「大丈夫…」
僕は同じ言葉を繰り返すしかできなかった。
あれはリアムだった。金髪も紫の瞳も声も、愛する人のものだ。掴まれた手の感触も懐かしかった。だけど…どうして?リアムは僕のことを覚えていない。まるで初めて会ったような顔をして、初めて会った時と同じことを言った。もしかしてゼノが僕に離れるように言ったのは、こうなることを危惧してたから?
僕は両手で顔を覆い、声を出して泣き出した。
震える僕の肩を、トラビスが強く抱きしめる。
僕に触れるトラビスの手が優しい。額に触れる胸が暖かい。だけど違うんだ。僕がほしいのはリアムの暖かさなんだ。
陣に戻ってもしばらく泣き続けた。
トラビスが僕の腕や足を触って骨が折れていないか確認する。打って赤くなった箇所があったが、骨に異常はなかったようだ。
トラビスが、涙を流す僕の頭を撫でる。
「フィル様、あの男になにか言われたのですか?あの旗の下にいたということは、あの男が…第二王子が軍を率いていたのですね。愛する人の国を攻めるなどと、なにを考えているのか。フィル様、考えなければならないことが多々ありますが、今は戦のさ中です。まずは敵軍を国境の向こうまで後退させねばなりません。俺はもう一度出てきます。あなたはここで休んでいてください」
「ううん…僕も行く…」
「辛いのでしょう?無理はなさらずに休んでいてください。お願いです」
「わかった…。ごめん」
「謝ることなどなにもありませんよ。ここも安全ではないですから、油断なさいませんよう」
「わかってる。トラビスも気をつけて」
「承知」
トラビスは、濡らした布で僕の顔を丁寧に拭くと、一礼をして馬に乗った。再び戦場へと向かうトラビスを見て、僕は深く深呼吸をする。
泣いてたってどうにもならない。泣いてる場合じゃない。まずは敵軍を後退させ、リアムに何が起こってるのか知りたい。だからしっかりしろ、フィル!今はラズールもいないんだ。僕自身で真相を確かめるんだ!
僕は脱いでいたマントをはおりフードで髪を隠した。そして陣に戻っていたロロに飛び乗った。
僕に気づいた数人の騎士が慌てて止めようとする。
「どこに行かれるのです!」
「トラビス様がここで待つようにとっ」
「お一人で動いては危ないっ」
「大丈夫だ」と僕は大きな声を出す。
「王の姿を見れば皆の士気が上がる。それに安全な場所でじっとしているなんてできない。おまえ達はここを守るんだ。いいな?」
僕は言いたいことだけ言うと、ロロを走らせた。
まだ後ろからなにか聞こえたけど、気にしていられない。僕はもう一度リアムに会いたい一心で突き進んだ。
我が国イヴァル帝国とバイロン国の兵の力は互角に見える。これ以上長引かせて怪我人が増えるのも嫌だ。しかし僕には全ての敵兵を蹴散らす力もないし、うまく退かせる知略も思いつかない。
リアムに連れていかれそうになったところをトラビスが助けてくれたけど、僕はもう一度リアムに会う。僕のことを忘れてはいても、リアムは話も聞かず理由もなく相手をいきなり斬り捨てることはしない。
丘を下りながら戦場の全体を見る。中央付近ではレナード隊が優勢だ。敵軍をかなり後退させ、今は右側から迫ってくるバイロン兵を退けている。左側ではトラビスが激しく動き周り、ほとんどのバイロン兵が逃げたようだ。そのため中央や左側にいたバイロン兵は右側に集まっていた。右側では数が少ないイヴァル兵が劣勢だ。
僕は馬首を右に向けると、ロロの横腹を蹴り手綱を振った。ロロが飛ぶように村へ向かって走る。
僕に気づいた数人のバイロン兵が矢を放ってきた。僕は右手を前に出し結界を張る。結界の膜で矢を弾き飛ばしながら進んでいくと、集団の後方にネロを見つけた。
「ネロ…」
味方と敵が入り乱れる中に入り僕は声を張りあげた。
「もう少しで領地を取り戻せる!バイロン兵を押し返せ!」
銀髪を見せなくとも、ここにいるイヴァルの騎士達は僕の顔をわかっている。王が男の格好で戦場に赴いてることを知っている。
僕の登場で確実にイヴァル兵の士気が上がった。バイロン兵がじわりと後退を始める。
僕が来たことは無意味ではなかったと少し嬉しくなった。だけど喜んでる場合じゃない。ネロが逃げる前に捕まえなければと、馬を急がせた。
ネロは、入り乱れる集団から目を逸らしてその場を離れようとしていた。
「ネロ!」
「…驚いた。あんた、来てたのか」
呼び止められてネロが驚いた顔をした。
僕はネロの前で馬の足を止める。白く上がった土埃に目を細めながら、ネロが笑う。
「ねぇ王様、あんた運がよかったね。毒矢に当たらなかったんだってね。毒矢に当たったのがあんたなら、今頃死んでただろうに」
「…ラズールの薬はどうしたの?」
「あはは!手に入れるわけないだろ?あいつはいつもあんたの傍にいて邪魔だったからさ、いなくなればあんたを殺しやすい」
「僕を殺して、イヴァル帝国を侵略して、君はどんな褒美がもらえるの?」
「なんだっていいだろ。大国の王族に俺の気持ちはわからないだろうよ」
ネロの顔は笑っているけど目が笑っていない。冷たい目で僕を睨んでいる。ネロの心には深い傷があるのだろうか。僕が恨まれる理由はないけど、そうしてしまう過去があるのだろうか。
「そうだね。でも僕は、君と話した時、仲良くなれるかもと嬉しかったんだよ」
「へぇ、頭の中がお花畑だな」
「そんなことはないよ。僕が君の心の中を知らないように、君も僕の心の中はわからない。僕の中は、ドス黒い闇でできている」
「ウソ言うなよ」
「どうしてウソだとわかるの?君は僕の心の中を知らないだろ?」
「…めんどくせぇ。あんたと話してる暇はないんだ。それに本来、俺はこの隊とは関係ないし」
「ああ、君の主は第一王子だったね。全て彼に命じられてやってたんだよね。全部わかってるよ。いろいろ動いてたみたいだけど、絶対にイヴァル帝国を渡さない」