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桜城優衣🌸
とまと
翌週、黒崎君は他の男子と喧嘩をした。
相手の男子が泣きながら職員室へ行き、黒崎君は先生に怒鳴られていた。
教室の空気は、極寒のように冷えていた。
「黒崎って、本当にヤベェよな」
「また問題起こしてる」
「今度は喧嘩かぁ〜…」
教室で黙って聞いていれば、そんな言葉ばかり耳に入ってくる。
私は、隅っこの席で俯いていた。
すると、黒崎君が教室に入ってきた。
よく見ると、頬に小さな傷ができていた。
クラスにいる生徒は誰一人、黒崎君に話しかけず、黒崎君は何事もなかったのかのように席に戻り、窓の外を見た。
なんだか、その横顔が、とても苦しそうに見えた。
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その日の放課後。
私は迷った末、保健室で貰った絆創膏を手に持って、校庭に向かった。
黒崎君は、ジャングルジムの上にいた。
夕焼けが、彼の背中を赤く染めている。
「く、黒崎君」
「…桜井か。なんだよ?」
私は震える手で、黒崎君に絆創膏を差し出した。
「その…怪我してたから…」
黒崎君は目を丸くした後、それから、困ったみたいに笑った。
「優等生って、こういうのを俺に渡すんだ」
「えっ、私、優等生じゃないよ…?」
「でも、俺の話し相手なんかいないよ」
黒崎君はジャングルジムから飛び降りると、絆創膏を受け取った。
「…ありがと」
近くで見ると、黒崎君の傷は思っていたよりは浅かった。
それでも、私には別の傷の方が深い気がした。
誰にも信じてもらえず、「悪い子」だと最初から決めつけられるなんて、彼が可哀想だ。
「実はな、あの時…あいつが先に、母ちゃんの悪口を言ったんだよ」
「ムカついたから、言い返してやったけど、結局怒られるのはいつも俺ばかりだ」
黒崎君は、全てを諦めたような笑い方をした。
「まぁ、こんなのはもう、慣れっこだから」
…こんなことに慣れるなんて、悲しいよ。
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その日から、私と黒崎君は少しずつ話すようになった。
図書室、帰り道、誰もいない校庭。
私は相変わらず、上手く喋れなかったけど、黒崎君は急かさなかった。
黒崎君は、乱暴な人に見えて、花壇を踏まない人だった。
給食で嫌いなものを残した子の分を、先生に見つからないように、こっそり食べる人だった。
泣いている一年生を見かけると、無言でティッシュを渡す人だった。
私だけが知っている黒崎君が、どんどん増えていった。
それと同時に私も変わり始め、以前よりも少しだけ、笑えるようになっていた。
授業の発表でも、声が出せるようになっていた。
黒崎君と一緒にいると、自分が透明じゃなくなる気がした。
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冬が近づく頃に、席替えがあった。
私と黒崎君の席は離れてしまった。
それだけ…たったそれだけのことなのに、私は寂しかった。
しかし、それよりももっと辛い出来事が起きた。
それは、黒崎君が学校に来なくなったことだ。
一日、二日、三日。
教室では、「あいつ、またサボりか?」という声が飛んできた。
担任も心配する様子はなく、ただ、ため息を吐くだけだった。
私だけが、落ち着かなかった。
放課後、勇気を出して、担任に聞いてみた。
「黒崎君…どうしたんですか…?」
担任は、少し困った顔をした。
「家庭の事情らしい」
それ以上は、何も教えてくれなかった。
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帰り道、私は一人で泣いていた。
もう、彼に会えないような気がして、悲しくなった。
ちゃんと「ありがとう」や「一緒にいると楽しい」も伝えれていなかった。
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数日後。
私はランドセルを背負ったまま、いつもの校庭へ向かった。
夕暮れのジャングルジムに、黒崎君がいた。
「黒崎君…!」
黒崎君はこちらを振り返り、少し笑った。
「桜井、久しぶり」
黒崎君に駆け寄った私は、気づいた頃にはもう泣いていた。
「なんで学校に、来なかったの…?」
「あぁ…そのことか。実は俺、もうすぐ引っ越しちゃうんだ」
「…え」
「父ちゃんの仕事の都合だってよ。母ちゃんが言ってたんだ」
世界の時が止まったような気がした。
でも、それがどれだけ覆えないものなのか、私にもわかった。
「いつ、いなくなるの…?」
「来週。えっと、曜日は…なんだったっけ…?忘れた」
「そこが肝心なところなのに…」
もっと話したかった。
もっと一緒にいたかった。
小学校の時間は永遠みたいに長かったのに、本当はこんなに短い。
黒崎君は少し黙ってから、ポケットをゴソゴソと漁った。
「あ、後…これ」
差し出されたのは、少し傷がついた、小さな星形のキーホルダーだった。
「この前、ゲーセンで取ったやつなんだけどよ」
「え、いいの…?くれるの?」
「あぁ、お前にやるよ」
私は震える手で受け取った。
涙のせいで、視界がぼやける。
黒崎君は、そんな私を見て笑った。
「おいおい、そんな程度のことで泣くなよなぁ」
「…だって、だって…」
「またどっかで会えるかもしれねぇだろ」
その言葉は、彼にとっては慰めだったのだろう。
でも、私は知っていた。
子供の「またね」は時々、永遠の別れになることを。
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