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プハロス団長の言葉を聞いて、私はハッと顔を上げた。
「で、でも、私……私……っ」
言葉が詰まって上手くでなかった。
本当は、ありがとうと泣きたい気持ちで一杯だったのに、喉に言葉がつっかえてしまったようで私は擦れた母音しか出ない。プハロス団長は、大丈夫。と微笑んで、私はその笑顔だけでも、ここにいてイイという安心感を覚えた。
「ですが、エトワール様の言うとおり、人によってころころ態度を変えるようなものに、トワイライト様の護衛など任せられません」
と、プハロス団長は後ろにいた騎士達を睨み付けた。騎士達はヘビに睨まれたカエルのごとく身体を硬直さえ、目線だけを四方八方に逸らした。
(あれ、さっき私声に出してた?)
確かに、色々言ったし思ったけれど、人によって態度を……は口に出していないはずだ。一応ぼんやりと記憶はある為、きっと私の様子を見てそう考えてるんだろうなとプハロス団長は解釈したのだろう。間違いではない。
騎士達は、ブツブツと何かを言っているようだったが、プハロス団長に睨まれれば何も言えなくなってしまった。さすがだと思う。
「だが、まずグランツ……お前の意見を聞かないといけないな」
そう言うとプハロス団長はグランツに視線を向けた。グランツはギュッと拳を握って、プハロス団長とまともに目を合わせようとしなかった。その態度にプハロス団長は眉間に皺を寄せていたが、怒鳴ることはなかった。
「お前は、二人の聖女様、どちらの護衛をしたいんだ?」
「…………俺は、俺には選ぶ権利などありません。選ばれ、選ばれた主人に精神性を尽くし、命をかけて守る。それが俺の役目であり、騎士の役目だと思っています」
グランツはそう答えると目を伏せた。
気味が悪いぐらいに落ち着いている彼を見て、私はまた嫌な胸騒ぎがした。本心でいているのか、感情を押し殺して言っているのか、私にはグランツを理解することなど出来なかった。それは、今に始まったわけじゃないが、ここのところ最近は。
「そうだな、それが騎士だ。主人を命がけで守り、忠誠を誓う。しかし、お前には選ぶ権利がある。現に、お前は二人の聖女様から声がかかっているのだ。お前の心に従え」
「ですが、おれは平民上がりの騎士です。そんな、身に余るような…………」
グランツは反論したが、それ以上言っても意味がないと思ったのか口を閉じた。
プハロス団長の言うとおり、本来なら、それは可笑しいことなのかも知れないが、今グランツに選択肢が与えられている。それは、私の護衛騎士でいるか、トワイライトの護衛騎士になるかと言うことだ。グランツからしたら、どう考えてもトワイライトについた方がいいのは目に見えているし、利口な彼ならそちらを選ぶだろう。それが、正しい最もリスクのない選択肢だからだ。
私に未来があるか分からない以上、聖女としてこれからも扱って貰えるか分からない以上、私の護衛でいることはとてもリスクのいることだ。それに、私が追放された場合、彼は平民よりも低い身分に落ちるだろう。
そう考えると、従者を思う主人なら、彼の未来が輝くように助言してあげるのが正しいのだろう。グランツはもっと上に行く男だと思っているから。
だけれど、私は口を開くことも、言葉が出ることもなかった。モヤモヤとした気持ちと、焦り、不安が渦巻いてくる。ぐちゃぐちゃにならないように、その感情に蓋をして押し込めるが、それでもその蓋の隙間から感情が漏れてくるようで気持ちが悪かった。
「グランツ、お前は聡明な奴だと思っている。だが、自分の心に嘘をついてまで聡明である必要はない。少しは、意地汚くなれ」
「…………」
「身分は平民であろうが、関係無い。お前は聖女様に、儂も認めた一人の騎士なのだから」
そう、プハロス団長は付け加えて、私とトワイライトを交互に見た。トワイライトは少し怖いのか私の服をギュッと握っていた。その手は小刻みに震えており、プハロス団長か、はたまた騎士達に怯えているのか。どちらか分からないが、彼女の手が熱かった。
視線を騎士達に向ければ、騎士達はプハロス団長に絶賛されているグランツを妬ましいという目で見ていた。それも、今までにないぐらいに醜い瞳で。
そんな、視線に耐えつつグランツは、口をゆっくりと開いた。
「俺は……俺は、トワイライト様が選んで下さるのなら、トワイライト様に仕えたいと思います」
「え……」
グランツの言葉に私は言葉を失ってしまった。
心臓が煩いぐらいに早くうって、口から漏れるのは意味のない母音ばかりだった。グランツの顔がまともに見えず、何て言えば良いか分からなかった。いや、言葉も密から蹴れば、頭も回らなかった。
(え、いや、え……でも、可笑しいことじゃない。そうだよ、私が言ったんじゃない。トワイライトの護衛してあげたらって、そう、私が言った……だから、落ち込んじゃいけないはずなのに)
目の前が徐々に真っ暗になっていく気がして、私は首を横に振った。あり得ないと、目の前で怒ったことをなかったことに、間違いだって思いたかった。でも、其れができないほどに私の目から涙が零れそうだった。
「お、お姉様?」
心配そうに顔を覗かせてくるトワイライトの声すら近いのに遠く聞えてしまった。
(私、捨てられた?)
そう、自分で思えば思うほど、胸の中に何かが詰まっていくきがしたのだ。
捨てられたなんて酷い言葉だと自分でも思った。心の何処かで、自分が選ばれるんだろうなって期待している自分がいた。期待していた。グランツは私の事好きなんじゃないかって。期待していたんだ。
だから、キッとショックが大きいのだろう。
「それが、お前の本心か?」
「はい……エトワール様は、俺の腕を見込んでくれました。褒めてくれました。それに、エトワール様は、トワイライト様の護衛騎士に俺を推薦して下さいました。断る理由もないでしょう」
と、グランツは淡々と告げた。
それは、先ほどグランツに言ったとおりの内容だった。
私が言った。私がグランツをトワイライトの護衛騎士に推薦したのだ。それを、グランツはそのまま……
「……ぅ」
くらりと目眩がして倒れかかったところを、トワイライトに受け止められた。彼女は、焦った表情で私を見ていた為、私は何とか笑顔を作って安心させてた。でも、自分でも分かるぐらいに酷い顔をしていたのだろうと思う。けど、私は先輩聖女で、自分で言っておきながら悲しんでいると知られたら、トワイライトにも悪いし、格好がつかないと思った。だから、グッと堪えたのだ。
「お姉様大丈夫ですか?」
「うん、最近詰め込んでいてね……色々あったし、疲れが今来たのかも。心配してくれてありがとね。トワイライト」
「い、いえ。そんなたいしたことは……」
と、トワイライトは困り眉を作って笑った。
彼女も、私の気持ちを察してか何も言わなかった。
その間、プハロス団長は何も言わなかったし、グランツは私と顔を合わせようとしなかった。まあ、会わせる顔もないだろう。いくら主人に推薦されたと言え、主人の前で他の主人に鞍替えす、それに似た行為をしたのだから。
まあ、私が言ったんだから何も反論できないのだけど。
「そうか……もし、グランツがエトワール様の護衛騎士を続けると言うことになったのなら、私の娘をトワイライト様の護衛騎士にと思ったのだが」
と、プハロス団長はうむと考え込むような仕草をして、私とグランツを交互に見た。
私は、プハロス団長の言葉にハッと顔を上げた。
「ぷ、プハロス団長の娘さん……ですか?」
「ああ、剣の腕はグランツに劣るかも知れないが自慢の娘だ」
そうプハロス団長は言って微笑んだ。
娘思いなんだなあと思うと同時に、プハロス団長に娘がいたことが驚きで、私はポカンと口を開けていた。でも、プハロス団長は気むずかしい人みたいだし、幾ら自分の娘だからといって総評を甘くすることはないだろう。プハロス団長はそういう面で信頼できるし、トワイライトの護衛騎士としてグランツがつくなら信用出来るプハロス団長の娘さんに私の護衛を任せてもいいかもしれないと思った。
「その、プハロス団長……今から、その娘さんに、騎士に会えますか」
「ああ、勿論。見定めてやってくれ。彼女が、エトワール様の護衛騎士にふさわしいかどうか」
「ありがとうございます」
私はプハロス団長に頭を下げた。つられて、トワイライトも頭を下げ、プハロス団長は満足そうに笑みを浮べた。そうして、彼は騎士達に鍛錬に戻るよう指示を出し、私を案内するために、背を向けた。
「え、エトワール様!」
一歩踏み出した私の進行を止めたのはグランツだった。私は振返ることなく、彼に何か用でもあるのかと聞く。彼は言いにくそうに、少しの間を開けて口を開いたが私はそれらを全て蹴った。
「トワイライトを聖女殿まで送ってあげて」
「ですが、エトワール様は」
「私は、プハロス団長についていくの。団長の娘さんが、私の護衛騎士にふさわしいかどうかをね……ついてこなくても大丈夫」
「………」
我ながら冷たい言葉だと思った。もっと、心の広い人間であればいいと、自分を責めた。でも、口からでた言葉はもう返ってくることはなかった。
「だって、貴方は私の護衛騎士じゃないから。それじゃあ」