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「馬車に乗って帰りましょうか。」
「そうだね。」
二人は並んで馬車へ向かい、カイルは気楽な様子でひょいと乗り込む。エリーゼの隣に腰を下ろすと、ふと辺りを見回した。
「ゼリアは?」
カイルの言葉が終わるより早く、重たい足音とともに扉が開く。ゼリアが黙って乗り込み、無言のままカイルの隣に腰を下ろした。
「俺、真ん中じゃん。両手に花ってやつか。」
ニヤけた顔を隠そうともせず、得意げに左右を見渡す。が、視線を交わしたゼリアの表情は険しい。じっとこちらを見据えるその目は、いつもの鋭さを増していた。
「どうしたの?俺のこと好きになったの?」
俺の剣捌きを見たらそりゃ好きになっちゃうよなぁ
腕を組み、納得したように頷くカイルに、ゼリアはまるで冗談に付き合う気などない声音で返した。
「そんなわけないだろ。一つ聞きたいことがあるだけだ。」
「なに?」
「お前が持っている変な力はなんなんだ?あんなの見たことも聞いたこともないぞ。」
真剣な問いに、カイルは待ってましたとばかりに胸を張り、どや顔で答える。
「あー、あれね。俺はな、ついに剣聖の力を手に入れたんだよ!!」
「剣聖の力?」
「あぁ。俺は戦いの途中で覚醒したのさ!俺に斬れないものは無いんだー!!」
先ほどの興奮が再燃し、声が馬車の内部に響き渡る。しかし、その口はすぐにゼリアの手によって塞がれた。
「お前、馬車の中で叫ぶな!常識もないのか!」
「ゼリアが聞いたんだろ!」
「もう分かったから喋るな!」
押し問答に火花を散らす二人のやり取りを横で聞いていたエリーゼは、何も言わず、馬車の窓から差し込む夕陽をぼんやりと眺める。彼女の口からこぼれたのは、長く、重い溜息だった。
カイルさんって運がいいだけなんですね。
───
ギルドに着くと、中は忙しなく動く職員たちであふれ、慌ただしい空気が充満していた。報告や搬入、処理の声が飛び交う中で、カイルの関心はただ一つに向いていた。
「ゼリアちゃん、その剣返して。」
カイルの声に、ゼリアは無造作に剣を手渡しながら尋ねる。
「ところでこの剣をどうするつもりなんだ?」
「売るよ。そのために持ってきたんだから。」
思わぬ返答に、ゼリアの表情が険しくなる。
「お前この剣を売るのか!?属性石で出来た剣は貴重なんだぞ!」
その声に、すかさずエリーゼが加わる。
「そうですよカイルさん!売るなんて勿体無いですよ!お金は私が持ってますから、気にしなくていいんですよ。」
「うーん。でもこの剣売ったら高いでしょ?他のやつとまとめて売ったらもっと高くなりそうや!!」
そう言いながら、カイルは持っていた靴をストンと床に置き、ポケットからポーションを取り出す。それだけでなく、服の内側からアクセサリーや指輪をじゃらじゃらと取り出した。
その様子を見た職員や他の冒険者たちは、一斉に目を見開いた。
「お前、これ全部あの冒険者たちの物だろ……」
ゼリアは呆然としながら呟く。
こいつ、クズにも程があるぞ……
口を開けたまま言葉を失うゼリアの隣で、エリーゼが必死に訴える。
「雷の属性石っていうだけでも珍しいのに、それで作られた剣を手に入れるのはほぼ不可能なんですよ!!絶対に売らないほうがいいです!!」
カイルは少し考える素振りを見せたあと、ポーションの山から手を引き、剣を見つめて小さく頷く。
「なら、これだけ売るか。雷神剣は俺のメイン装備にするとしよう。」
剣だけはしっかりと腰に差し、残りの装備を受付へ持っていく。カウンターの前で辺りを見回しながら声をかけた。
「今日はリーズちゃんいないの?」
受付員が慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません。リーズは今回のダンジョンの件で色々と忙しくてですね……」
「そうなのね。じゃあ君に頼むとしよう。」
「装備の売却ですか?」
「うん。これ全部売ります!」
受付員が手元の帳簿を開き、丁寧な口調で説明を始めようとしたその時、エリーゼの声が飛び込んだ。
「これは全部、元の所有者に返してくれませんか?」
「「え?」」
受付員とカイルが同時に驚いた声をあげる。だがエリーゼは静かに、しかしはっきりと続けた。
「これは、ダンジョンで冒険者が貸してくれたものなんです。」
受付員の目が、静かにカイルを値踏みするように細められる。
「違うよ!冒険者が俺にくれたものなんだよ!」
カイルは焦って言い訳をするが、周囲の空気が冷たくなっていくのが肌で感じられる。
「そんな目で見ないでくれよ!俺本当のこと言ってるだけじゃん!」
「そうだとしても、これは返すべきです。」
エリーゼが距離を詰め、真剣な声色で語りかける。
「カイルさんは沢山のモンスターを倒したじゃないですか。その素材だけでも十分に稼げますよ。」
彼女の言葉が、確実に心に刺さった。
「もし、お金が足りなかったら私が出すって言ってるじゃないですか……」
受付員だけでなく、周囲の冒険者たちまでもがカイルを睨みつける。低い声が、あちこちから聞こえてくる。
「あいつ、この前見たことあるぞ。確か前にも、あの子に金をせびってたな。」
「嘘でしょ!?あんな可愛い騎士さんに!?あいつキモすぎるでしょ。」
「しかも今あいつが持ってるの全部、冒険者から貸してもらった装備らしいぞ。」
焦りが顔に出たカイルは、咄嗟に笑顔をつくりながら声を張った。
「あ!そうだった!この装備は元々冒険者の物だったな!いやー、エリーゼが言ってくれなかったら気づかなかったよ。この装備返してやってくれよ!!」
受付員は静かに頷く。
「分かりました。またのご利用お待ちしております。」
「さ!早く飯でも食おうぜ!」
取り繕うように勢いだけで言い放ち、カイルはギルドの出口へと足早に歩き出した。
「今日はどこで食べるの?」
歩きながらカイルが問いかける。軽い口調だが、そわそわと周囲を見回している様子から、空腹が限界に近いことが窺える。
エリーゼは店先の並ぶ通りをじっくり見渡し、顎に手を当てて考え込んでいた。
「どこにしましょうかねぇ……」
空はすでに群青色に染まり、夕焼けは地平に消えかけている。ほんの少し前まで命のやり取りをしていたとは思えないほど、街には穏やかな気配が漂っていた。
歩道の両端に等間隔で灯されたランタンが、通りを暖かく照らし出し、笑い声や話し声が交じり合っている。子供を連れた家族が何組も歩いており、まるで祝祭の夜のようなにぎわいだった。
「今日はステーキが食べたい気分」
カイルが鼻を鳴らして言うが、エリーゼは彼の言葉には応えず、ゼリアの方に顔を向ける。
「ゼリアさんは何を食べたいですか?」
「私はエリーゼさんが食べたいところならどこでもいいです。」
控えめにそう答えたゼリアに、エリーゼは小さく頬を膨らませた。
「そう言うのは嫌です。食べたいものを言ってください!」
「私なんかが……」
ゼリアが言いかけたところで、エリーゼがきっぱりと言葉を重ねた。
「ゼリアさんはもっと自分の意見を言ってください!従うばっかで、自分で考えないのは騎士として失格ですよ!」
はっとしたように目を見開いたゼリアは、少し間を置いて口を開く。
「すいません。じゃあ私は軽めのものがいいです。色々あって疲れたので。」
その言葉にカイルがすぐ反応する。
「え!ステーキ食べようよ!肉食べないと力つかないぞ!!」
「お前より力はついてるわ!」
バチンと火花が散るような応酬に、エリーゼがわずかに肩をすくめて苦笑しながら話題を切り替えた。
「じゃあ、今日は昨日と違う店に行きましょうか。」
「エリーゼさんはこの辺に詳しいんですね。」
「ここはよく見回りしてるんですよ。ゼリアさんも騎士になったら、一緒に見回り行きましょう!」
無邪気なその誘いに、ゼリアの表情が和らぎ、口元にうっすらと笑みが浮かぶ。
「はい。この街の治安を良くするために、励みます。」
───
「もうお腹空いたんだけど、どこにあんの?」
苛立ちを隠さず歩幅を早めたカイルは、エリーゼとゼリアより前をずんずんと進んでいく。
「もう少しで着きます。そんなイライラしてると、美味しい料理も美味しくなくなりますよ。」
エリーゼの穏やかな声が後ろから届く。何か返そうと振り返りかけたカイルだが、ゼリアが明らかに睨んでいるのに気づき、口をつぐんだ。
しばらく歩き続けると、通り沿いにいくつもの屋台と店が現れ、香ばしい匂いと活気が鼻をくすぐる。その中で、カイルが急に立ち止まった。
「あれ、クインツか?」
視線の先、ガラス越しに見える店の奥。クインツが一人、奥の席に座っており、その隣と向かいには美しい女性が楽しげに笑っている。
「あの野郎!イチャイチャしやがって!」
悔しげに歯を食いしばりながら睨んでいると、エリーゼもカイルの隣に来て、店の中をのぞき込んだ。
「クインツさんかな?」
「エリーゼ、クインツのこと知ってるの?」
「はい。訓練の時にクインツさんがきてくれて、指導してくれたんですよ。」
「え、そうなの!?あいつ、スゲーな。」
しげしげと中を見ていると、ちょうどクインツがこちらに気づき、軽く手を振ってきた。
「今日はここで食べましょう。ゼリアさんもいいですか?」
「私もクインツさんに会えるなら会いたいです。」
「あいつ、女ばっか見やがって!あんな男のどこがいいんだ!!」
嫉妬心が隠しきれないカイルに、ゼリアがすかさず冷たい視線を投げる。
「お前より100倍マシだ。いや、比べるのが失礼だな。」
「な、なんだと!こうなったらアイツに俺の凄さを見せつけてやる!!」
肩を怒らせ、足音をドスドス響かせて先に入ろうとするカイル。その肩をゼリアががっちり掴んだ。
「お前、ここでも人に迷惑をかけるつもりか!いい加減にしろ!」
「放せ!俺は調子に乗ってる人間が一番嫌いなんだ!」
「調子に乗ってるのはお前だろ!」
険しい二人のやり取りを横目に、エリーゼが素早く店に入る。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「3人です。奥の席を使ってもいいですか?」
「大丈夫です。ごゆっくりしていってください。」
店員は笑顔を浮かべて応え、そのまま他の客の注文へと向かった。
「久しぶりです。エリーゼさん。」
クインツが立ち上がり、笑顔で手を差し出す。
「久しぶりです。クインツさん!」
エリーゼはその手をしっかりと握り、微笑みを返す。
「エリーゼさんっていつ見ても綺麗ですよね!」
そう言ったのはクインツの隣に座っていた白い肌の女性。魔法使いらしいローブを纏い、目を輝かせてエリーゼを見つめていた。
「イレシア、会ってすぐにそういうこと言わないの。」
向かいの席に座っていた褐色の肌に赤髪の女性が、やや困った顔でイレシアをたしなめる。引き締まった体つきで、腹筋がはっきり浮かんでいる。
「イレシアさんもクレーネさんもお久しぶりです!」
丁寧に頭を下げるエリーゼに、クレーネが慌てて席を立つ。
「頭を上げてください!私が下げるべきだったのに」
「エリーゼさんはカイルと一緒に食事するから、邪魔しないように。」
クインツの言葉に、イレシアとクレーネ、そしてクレーネの隣にいたフード姿の小柄な女性まで、ピクリと肩を震わせた。
「アイツも来るの!エリーゼさんアイツに何か変なことされてませんよね!?」
イレシアが顔を真っ赤にしながら、声を荒げてエリーゼに詰め寄る。
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