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差し出された手をしばらくじっと見つめた。
吉田と名乗る人物はこちらを温かい目で見る。
何か、絶対どこがで会った。
その記憶は確かにあるのに。
もやがかかって思い出せない。
「…さあ」
触れたら何かが変わる。
逃げた方がいいのに、足が硬直して動かない。
ゆっくりと、指先が動く。
触れてしまった。
その瞬間
視界が歪んだ。
ぐらりと揺れて立っていられなくなる。
「大丈夫です」
すぐ近くで声がした。
その声を聞いた途端、頭の奥で何かが弾けた。
知らないはずの景色が流れてくる。
同じ城の中。
今より少しだけ明るい廊下。
笑っている自分。
その隣に同じ男がいる。
「また来るよ」
確かに、自分はそう言っていた。
そう、約束していた。
「待ってるよ」
その男が言っていた。
そんな記憶が断片的に戻ってくる。
何度もここにきていたこと。
この場所が、ただの偶然じゃなかったこと。
そして、
「なんで…俺… 」
約束したのに。
あんなに強く、言ったはずなのに。
「…忘れてるんだよ」
視界が滲む。
自分でも意味がわからないのに。
どうしようもなく苦しかった。
その瞬間、強く抱き寄せられていた。
「…っ、」
一瞬、息が止まる。
「…やっと、触れられた。 」
耳元で、低い声が落ちる。
今まで抑えられていた気持ちが全部滲み出たみたいに。
「どれだけ待ったと思ってるんですか…笑」
抱きしめる力が、少しだけ強くなった。
今まで何かを忘れていて思い出せななかった。
ずっと、毎日が楽しくなくて
何かが満たされなかった。
でも、答えはここにあった。
ずっと前に、結んだ約束を
俺はずっと忘れていたんだ。
「仁人…」
久しぶりに名前を呼んだ。
あの時より、成長した声で。
「何?勇斗。」
昔の会話ができた。
懐かしい、あの時を。
「勇斗は戻って来なかった。」
静かに、責めるでもなく告げられた。
「約束も、俺も、全部置いて。」
「ごめん…」
考えるより先に言葉が出た。
記憶はまだ曖昧なのに、
その言葉だけは自然と口から零れた。
少しの沈黙。
それから、ゆっくりと腕の力が緩む。
少し離れた距離の中で目が合う。
「…謝らなくていい」
言い方が優しかった。
「戻ってきてくれたから 」
その言葉に胸が締め付けられる。
「…でも」
小さく息を吸う。
「今回は、ちゃんと覚えていられるんだよな。」
自分でもわからないまま、問いかける。
もう一度同じことを繰り返すのが怖かった。
すると仁人は、ほんの少しだけ困ったように笑った。
「それは、」
一歩近づく。
「勇斗次第…だよ」
そう言って指先が頬に触れる。
「ここに残るのか」
ゆっくりと、言葉を落とす。
「それとも、また外に戻るのか」
選択肢を突きつけられる。
俺は黙ってしまった。
選択肢はただ一つ、残ることなのに。
なぜか声が出ない。
「…いつでも待ってるから。」
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