コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
目を閉じると深い眠りに落ちたようだったが、老人の「名乗らずに去った者」という言葉が頭から離れない。
目を開けたとき、朝の光に包まれていた。柔らかな光が壁を照らしている。静かな部屋に響くのは、鼓動と遠くから聞こえる足音。
「目が覚めましたか?」
ドアを開けて現れたのは、昨日の老人ではなく若い看護師だった。長い髪をきっちりとまとめ、優しい笑みを浮かべている。
「調子はどうですか?」
「悪くない…だが、どこか動くたびに鈍い痛みが残ってる。」
そう答えると、看護師は手慣れた動作で僕の包帯をチェックし始めた。
「かなり深い傷でしたからね。あなた、何か危険な目に遭ったんですか?」
その問いに、一瞬言葉が詰まる。どこまで話すべきか迷ったが、ここは慎重に行くべきだろう。
「ちょっとした事故だ。森でね。」
「森…?」看護師は少し驚いた様子で眉をひそめた。「で誰かが運んでくれたんですよね。あなたを見つけた人がいなかったら、助からなかったかもしれない。」
その言葉が、再び疑問を掻き立てる。運び込まれた記憶はないし、般若が僕を助けるはずもない。じゃあ、一体誰が?
「運び込んだ人物について、何か聞いてるか?」
「いえ、私たちは何も…。ただ、あなたを連れてきた人がこの病院の場所を知っていたのは確かですね。普通はここ、簡単にはたどり着けない場所ですから。」
「たどり着けない…?」
その言葉に背筋が凍るような感覚が走る。
「ええ、この病院は山奥にあるので、普通の人は来ないんです。でも、その人は迷うことなくあなたをここに連れてきました。」
「なるほど…」
つまり、僕を運び込んだ者は病院の存在を知っている。そして、この病院自体が普通の場所ではない。
看護師はそれ以上は何も言わず、静かに部屋を出て行った。だが、その後ろ姿を見送りながら、胸の中に新たな疑念が芽生える。
この病院は何のために存在しているのか?そして、ここに来た目的は本当に治療だけなのか?
──その答えを知るには、自分で動くしかない。
僕は体を起こそうとするが、傷が痛む。無理をしてでも調べるべきだろうか…迷いながらも、決意を固める。
「もう一つ気になるのは…」
ぽつりと呟く。般若と鬼。あの二人がどこで何をしているのか、全くわからないままだ。
その時、部屋の外からまた足音が聞こえてきた。老人のものでも看護師のものでもない、少し重く、不規則な音。
「誰だ…?」
扉の向こうから低い声が響いた。
「ようやく目覚めたか。君と話をする必要がある。」
扉がゆっくりと開き、そこに立っていたのは黒いコートを着た男だった。その目には、何かを知っている者だけが持つ鋭い光が宿っている。
「君がここにいる理由、そして君を連れてきた人物について話そう。」
その声には、一切の迷いがなかった。