「港…?」
男の名前を繰り返すように呟いた僕に、彼は微笑んだ。その笑みには敵意も圧迫感もなく、ただ穏やかな安心感があった。
「そうだ。俺の名は港。だが、仲間たちは俺を『阿弥陀』と呼ぶことが多い。」
「阿弥陀…?」
「温厚な狩り手、というのが俺の評判らしい。それなりに長くこの仕事をしているが、俺は争いよりも救いを優先している。だから、こうして君を助けに来たんだ。」
港──阿弥陀の言葉には、どこか揺るぎない信念が感じられた。だが、それ以上に疑念が膨らむ。
「助けに…来た?どうして俺なんだ?」
僕の声は警戒を隠せなかった。能力者狩りとして活動してきた自分が、同じ狩り手に救われる理由など考えられない。
港は僕の表情を読み取ったのか、穏やかに続けた。
「君は、自分が能力者であることを隠して活動してきたな。それも、かなりのリスクを伴いながら。」
「…知っているのか。」
「知っている。だが、俺はそれを責めるつもりはない。むしろ、その選択をした理由を知りたい。」
その問いに、一瞬言葉を失った。なぜ自分が狩り手として活動してきたのか、どこまで話すべきか迷った。
「それは…」
言葉を選んでいると、港が軽く手を上げて制した。
「いい、無理に話さなくてもいい。だが、君がこのまま何も知らずに進むのは危険だ。君の敵は既に動き出している。」
「敵…?誰のことだ?」
港は真剣な目で僕を見つめ、静かに答えた。
「般若だ。そして、彼女が操る『鬼』。」
その名前が出た瞬間、背筋に冷たいものが走った。鬼の鋭い爪と、般若の冷たい微笑みが頭の中でフラッシュバックする。
「彼女は君を見逃すつもりはないだろう。だが、ここで君を救うことで、俺には別の選択肢を用意できる。」
「別の選択肢…?」
港は椅子を引いて腰を下ろし、僕の顔をじっと見据えた。
「君はただ能力者狩りを続けるだけの存在ではない。もっと大きな意味があるはずだ。」
その言葉の重みを感じながら、僕は港の真意を探るように視線を返した。
「具体的には、俺にどうしろと言うんだ?」
港はわずかに笑い、ポケットから小さな紙片を取り出した。それを僕に手渡すと、そこには簡単な地図と座標が書かれていた。
「そこに行け。答えはすべてそこにある。」
「答え…?」
港は頷き、立ち上がった。その背中は大きく、どこか安心感を与えるものだった。
「ここで何もしなければ、君はただの駒として使い捨てられる。だが、行動すれば道は開ける。」
「…わかった。」
力強く頷いた僕を見て、港は満足げに微笑んだ。
「いい返事だ。だが、無理はするな。君の身体はまだ完全ではない。」
港が病室を後にした後、僕はしばらく紙片を見つめていた。その地図が示す場所がどこなのか、そこに何が待っているのか──すべてが不確かだったが、今の僕にはその道しかないように思えた。
「般若、鬼…そして、答え。」
握りしめた紙片に、わずかに汗が滲んだ。僕はこの手がかりを頼りに、次の一歩を踏み出す決意を固めた。
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