下総国 中島 小山犬王丸
小弓勢の第二陣が江戸川の渡河を開始し、中島の戦いは熾烈を極めていた。
古河勢四〇〇〇と小弓勢三〇〇〇。先鋒を包囲に残し、数で劣る小弓勢は奇襲という形で関宿城の後詰の撃破を試みたが、敵が動揺を見せずに冷静に対処してきたことで奇襲は失敗に終わってしまった。
幸い江戸川は浅瀬だったので小弓勢の渡河は難しくないと考えた義明は渡河を強行。諸将もそれに従ったが古河勢の抵抗は頑強で先陣の渡河すら困難を極めた。特に小弓勢の左翼を担当した真里谷信清の軍の被害が大きく、水野谷軍の射撃や小山軍の従来より遥かに速い投石の餌食になる者が少なくなかった。第二陣では盾を持たせた兵を中心に編成したが、その盾のせいで投石からの被害は減ったが渡河に時間がかかってしまう。
中央の義明軍は一色直頼率いる古河軍を押し込んでいたが、初陣の亀若丸の檄による士気の回復と直頼の手腕によってなんとか立て直されて古河軍を崩し切れずにいた。
そして同時刻、関宿城にも動きがあったらしい。斥候によると、城を包囲していた千葉・相馬・臼井らは本隊が決戦に臨んでいる間も包囲を続けていたが、それぞれの方針を巡って対立が起きていた。
臼井景胤は先鋒のみでも攻撃を続行すべきとしたが、千葉昌胤と相馬胤貞は牽制だけで包囲に徹するという意思を曲げなかった。消耗した先鋒のみでの攻城は無謀であるということで景胤は渋々攻撃を断念する。
だが寄せ手の消極的姿勢と後詰が小弓の本隊と戦を始めたことを把握した簗田高助は城外に討って出ることを決意する。
「皆の者、ここが大一番ぞ!」
バンと城門が開き、鬨の声を上げる城兵が敵陣に向かって駆けてくる。
突然の守り手の攻撃に包囲していた小弓先鋒勢は混乱に陥った。高城胤吉といった幾人の武将はこの状況に対処しようとしたが、本隊と切り離されて牽制だけしていたせいで士気が緩んでいた末端の兵はそうはいかない。甲冑を完全に脱いでいる者や緒戦の疲れで眠りこんでいる者も多く、城兵の奇襲に完全に意表を突かれた形となった。
もはや戦線の維持は難しいと判断した千葉と相馬の判断は早く、犠牲が大きくなる前に関宿城から撤退し本隊との合流を決断した。景胤はさっさと撤退する他の先鋒を内心罵りながらも包囲が崩れた今、状況の打開は困難と判断してこちらも撤退を開始するのだった。
そして先鋒の撤退という報せは中島で戦う本隊にも届いた。
本隊は奇襲に失敗し、完全に膠着状態になった戦場は次第に数で劣る小弓勢の不利に傾き始めた。両翼が小山・結城の奮闘に苦戦を強いられ戦線を上げきれずにいる中、中央の義明は引いていく古河軍を深追いしようと兵を突出させたせいで義明の陣だけが飛び出るような形になってしまう。
そんなとき、撤退の法螺貝が戦場に鳴り響く。小弓方からのようだ。義明は突出していたが、なんとか難を逃れて信清らと合流し、相馬の守谷城へ兵を退かせた。
撤退してゆく小弓勢を見遣りながら勝った古河勢は小弓勢を追わずに勝ち鬨を上げる。短い時間の戦いであったが激しい戦いでもあった。
相手が渡河してきたことや関宿城兵の踏ん張りもあり、なんとか敵を撃退することができたが完全に渡河を許していたらどちらに戦況が転ぶかわからなかった。
指揮官級の武将の戦死はなかったが、幾人かの重臣は討ち死にしてしまった。小山家は幸い重臣も失うことはなかったが、やはり少なくない犠牲は出てしまっていた。
勝ち鬨を上げて小弓勢が完全に撤退したのを見届けた後、古河勢は関宿城へ入城を果たす。敵を撃退させた関宿城の兵は後詰を勝ち鬨を上げて迎え入れた。無傷の者はほとんどいなかったが皆笑顔で互いの武功を褒め称えた。
「これが勝ち戦というものなのか」
「ええ、犬王様。ここまでの大戦はそうはありませんが、勝てばこのようになるものですよ」
「ならば俺は小山にたくさんこの光景を見せてやらんとな」
馬上で城兵と後詰の兵の様子を目に焼き付けて右馬助や八郎に小山に勝利を届けることを改めて誓う。
戦がないに越したことはないが、全ての戦に勝つつもりで臨まなければ守れるものも守れない。もし今回の戦に敗れていたら関宿城もそこを守る兵も自らの兵も失うことになったはずだ。
小山の日常を守るためにはやはり力が必要だと感じて人知れず拳を強く握りしめた。






