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「まさか、本当に来るなんて。貴方、ずいぶん図太いのね。ペチカ・アジェリット公爵令嬢」
「招待状を受け取ったので、来るのが常識かと思って。お茶、とてもおいしいです!」
「……」
にこりと微笑めば、それはもう心底嫌そうな顔を向けられ、いい気分ではなかったが、ディレンジ殿下と対峙するときよりはいくらか気楽だった。
コルリス・エーデルシュタイン伯爵令嬢からお茶会の誘いを受けたのは、殿下にばれそうになったあの日から数日たってのことだった。あのパーティーの夜にあったっきりの関係だったが、お茶会に呼ばれることはなかったので、ちょっとだけ同年齢の友達ができるかもという期待もあってきたのだが、やはり期待通りにはなってくれそうになかった。
(今日は取り巻きはいないみたいだけど……ご令嬢たちって気まぐれが多いのかも)
あの鈍感気分屋と似たようなものを感じたが、あれよりはかわいいものだと思う。ナイフが飛んでくることもないだろうし。
殿下との会話のないお茶の席よりかは、だいぶん気を楽にして話せると思った。お茶に毒が仕込まれている感じもしないし、お兄様の持たせてくれた毒を感知するネックレスのおかげで気付けるしで、何も恐れることはなかった。
そんな私の態度に、コルリス嬢は呆れたようにため息をつく。
彼女の誘いを受けたのは、彼女が殿下のことをどれだけ好きかと確かめるためだ。また、お兄様が、コルリス嬢の家自体はディレンジ殿下の派閥に属しているらしい。だから、コルリス嬢が殿下を本当に好きなのか、何か利用しようとしていないかの確認に来たのだ。お兄様は一人で大丈夫かといったけれど、ご令嬢を一人相手するくらいなら私にもできる。物騒だとは思いつつも、私はナイフを仕込んできた。使う機会が来なければいいのだけど。
コルリス嬢は、私を監視するように見つめ、ソーサーにカップを置く。
「ペチカ嬢は、病弱と聞いていたのですが、違うのですか?」
「はい! この通りピンピンしていますので。ご心配には及びません」
「……そ、そうなの…………ごほん、でも、貴方はこれまで一度も社交の場に顔を見せなかったらしいじゃない。なのに、どうして貴方が殿下の婚約者なんかに」
ぎりっと爪を噛みながらコルリス嬢は私を睨みつける。コルリス嬢が、殿下を好きというのは嘘ではないらしい。人が人を好きになる理由なんてそれぞれだから、それを否定するつもりはない。そして、殿下の婚約者である私に嫉妬する理由もそれだけで十分だと。
もしあの夜、殿下が媚薬を飲まなかったら、あの一夜がなかったら、私は殿下と婚約破棄をすることだけを考えて生きていたかもしれない。でも、あの夜急接近して、一線を越えてから……いや、殿下の優しさや、過去の誓いを思い出してから、私は彼の隣に立つと決めたのだ。婚約破棄なんてもう考えられない。だから、譲る気はない。それがだれであっても、本気で殿下を好きだという人が現れたとしても、負けたくないのだ。
「それはゼインが選んでくださったからです」
「殿下が貴方を? なぜ? どうせ家柄なんでしょう! わたくしは、それでは勝てないのに、そうやって権力で……!」
「それと、私がゼインのことをお慕いしているから……好きだから」
「嘘よ!」
と、ヒステリックな声が響く。
ダン! と彼女はテーブルをたたき、カップの中の紅茶に波紋が広がる。私はそれをすべて受け止めるつもりで話を聞いていた。
こんなに怒るくらい人を好きになれる人はすてきだなと思った。だからと言ってぶつけるのは間違っている。令嬢たちはお淑やかでかわいくて、輝いている……そんな幻想を抱いていた時はあったが、今ならわかる。彼女たちが着飾るのはお姫様でいるためじゃなくて、それが彼女たちにとっての武器であり防具だからだ。
自分をよく見せるため、それが権力の象徴だったり、美しさの象徴だったり。選ばれるために美しくなること、社交の場で生き残るための鎧なのだと私は思った。彼女たちは守ってもらわなければならないほどひ弱ではなくて、むしろ精神的には強いほうなのだと。社交の場に出ていないからわからないが、きっとあの場は彼女たちにとってパフォーマンスの場であり、自身が身に着けた作法や立ち振る舞いを披露する、剣舞大会なのだと。
(だから、自信にあふれているからかっこよく見えるのよね……)
コルリス嬢も、私と会うだけなのに、身なりに気を使っている。私もメイドたちに任せてドレスアップしてもらったが、自信を持っているかと言われたら持っていない。これでいいのかという正解がわからないからだ。でも、メイドたちのことは信用しているし。
「嘘よ。だって、そうだったら、あの夜会で、わたくしと殿下がお似合いって言ったのよ。あれは、わたくしへの当てつけ!? 嘘でも言っていいことと悪いことがあるじゃない!」
「……それは、ごめんなさい。あの時は、私がゼインに素直じゃなかったから」
深く頭を下げれば、ふーふー、と荒く呼吸をする彼女の音が聞こえ、お茶を被る覚悟で彼女の言葉を待った。
あの時は軽率だった気がする。周りが見えていなかった私の落ち度だ。そして、それが彼女を傷つけたと。
お似合いと言ってしまったこととか、そもそも、コルリス嬢のことを知らなかったとか、その他すべて含めての謝罪。簡単に頭を下げてはいけないとわかりつつも、公爵令嬢としての威厳にかかわりつつも、私は彼女を傷つけたことに対しては誠心誠意謝らなければならなかった。そう思った。
「何よ。あの日は、なよなよしていたくせに。いまさら、そんな……」
「……コルリス嬢」
「何よ。まだ何か、わたくしを陥れようとしているの!?」
「……陥れようとしているのは、貴方の家では?」
「は?」
謝罪はここらへんでいいだろう。許しを請うことを目的とはしていない。私が謝りたかった、それだけだ。問題は、そこではなく、彼女がディレンジ殿下とつながっているか否かだ。
「陥れる、という言い方が悪かったかもしれない。けど、貴方の家はディレンジ殿下とつながっているんじゃない?」
「な、にを?」
「貴方は、本当にゼインのことが好きなのかもしれない。でも、私をゼインから引きはがすように言われたんじゃないの? これは、私の勝手な想像かもだけど。貴方ほどの自分に自信を持っている人が、公爵令嬢である、それも、社交の場に出てこない私を目の敵にして……」
「……」
「何か、持ちかけられたりでもした? 例えば、協力すれば、ゼインとの婚約を取り付けるとか」
あの夜、違和感があったといえば違和感があった。都合が良すぎるというか。私があのテラスに行くように誘導されたような気もする。コルリス嬢は、ただ私が鼻につく存在だからって声をかけてきたのかもしれないけれど、その後殿下がすぐに来てくれなかったのは、コルリス嬢が殿下を引き留めていたからなのではないかと。殿下に確認をとっていないが、お兄様が秘密裏にそういったつながりを調べているから、多分、50%以上は思っていることがあっている。
殿下を守る騎士べテルとして、そして殿下の婚約者のペチカとして。殿下を守る、支える私ができることを考えた結果ここにいる。
コルリス嬢を見れば、彼女はわなわなと震えていて、見透かされたことに対して恐怖を抱いているように見えた。やはり、黒だったのかと。コルリス嬢は、口が軽そうだし……って言い方もあれだけど、話してくれそうだった。だから、私はここまで来た。
「……さい、わよ……」
「何? コルリス嬢――きゃっ!?」
「うるさいのよ、このアバズレが!」
テーブルをひっくり返す勢いで立ち上がったコルリス嬢は、私に向かって紅茶の入ったカップを投げつけた。
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