都心に入ったあたりであなたは告げた。
「尾行《つ》けられているね」
サイドミラーへと視線を走らせる。わたしも、気づいてはいた。
才我さんはちらっと後部座席へと視線を流し、
「詠史くん。……すこし、荒っぽくしても大丈夫?」
「大丈夫!」と興奮気味に詠史は答えた。「映画とかでよく見る、カーチェイスってやつが始まるの?」
「どうだろうね」
「気になることは放置出来ないタイプなの。それに詠史は、アトラクションの類は大好きなのよね?」
「了解。しっかり捕まって」車を急発進させる才我さん。前の車を抜くと、車を180度回転させて反対車線へと入る。キュイキュイキュイとタイヤが鳴り、ふおお、本物のカーチェイスだ……と柄にもなく感動してしまった。
それから出入り口で、パーキングに入ると見せかけて下道へと降りた。サイドミラーを確かめる。……どうやら、撒くことには成功したようだ。……にしても。
「広岡さんったら運転上手なんですね。……詠史は平気?」
「……ふるえてる」
うん? と心配になったのだが、詠史は瞳をきらきらさせて、
「ロイド!? ジェームズボンド? 広岡さんって映画のスパイやヒーローみたいだ……あああ。格好いい……」
心配は無用のようだった。
* * *
「ここって」
「湖が綺麗だから」車を降りた才我さんは、先に、詠史のためにドアを開いてやり、「……前のキャンプはあんなだったろう? 三人で、仕切り直しがしたいなと思って……」
続いてわたしのためにドアを開き、降りるわたしへと手を差し伸べる。どうぞ、お姫様、と。
グランピングにはずっと憧れていた。
天体観測でも出来そうな、ドーム型のグランピング施設が出迎える。ドームは数多くあり、ひっそりと佇む村のよう。ライトアップされて幻想的な空間だ。才我さんが、前のキャンプのことを気にして、こんな準備をしてくれていたなんて。じぃんと胸が熱くなる。
途中お台場方面も通ってしっかり観光をした。それから詠史はずっと寝ていたが、まだ眠そうだ。
荷物を持った才我さんは、おじさん抱っこしようか、と言うと、なんなく詠史を抱っこして、受付を済ませると施設へと案内した。
* * *
360度。夜空が見える。
異空間に迷い込んだみたい。まるで、ファンタジーの世界だ。
カーテンで閉ざすことも可能だが、いまはこの、永遠の夜空を満喫していたい……。
半円型のドーム型の部屋にて、チェアに座っていると、ちょっといい? と言って才我さんは、わたしの背後にぴったりと座り、わたしを後ろからハグする。……ひええバックハグ……。
アメニティは一通り揃っており、シャワーもドライヤーも済ませ。しっぽりとした優雅なひとときを過ごしている。
背後から伝わる、あったかいぬくもり。
「いまが、一番幸せ」
星と月の夜。あなたとふたりきりの世界に閉じ込められて。
「いまが、……永遠に続けばいいのに……」
わたしのあふれる涙はあなたが拭ってくれる。
「ぼくも同じ気持ちだよ。……愛している。有香子……」
ぴったりと寄り添うわたしたちは、誰よりも気持ちが通じると思った。空と風の呼吸に抱かれ、生まれた意味を見出す。やっぱりわたしは、……あなたが好き。
あなたと一緒になりたい。
だから……戦うよ。
決意を新たにした夜だった。あてどもなく、空を見つめながら、あなたの抱擁へと身を任せ、焦がされるほどの情熱に、溺れていた。
*
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