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転校生は、どうやら可笑しなやつみたいだ。
緊張しすぎて気が狂ってしまったのだろうか。
……それとも、これが“素”か?
もし素だと言うんなら、頭が壊れてんじゃないか?
授業中、ありすは僕の耳の近くまで顔を寄せ、
相変わらず意味不明なテンションで喋り出す。
「アマノ君〜、あの先生さっきからずーっと“であるからして〜”って言ってない?
面白い!あれ口癖かなぁ?」
「……さぁ。」
僕は窓の外へ視線を逃がし、どうでもいい返事をした。
一限目から、ずーっとこの調子なのだ。
おかげさまでというべきか、僕は今日だけで、もう十分疲れている。
教室中がありすの方を向き、
誰も授業なんか聞いていない。
僕の静かな“生存地帯”は、音もなく消滅していた。
しかも隣に座っているのが、この爆弾。
でもまぁ、転校初日だから視線が集まっているだけだ。
数日もすればこの注目もなくなって、
ありすが僕に向けている妙な興味だって消えるだろう。
そしてまた、あの“いつもの日常”に戻る。
戻る……んだよな?
「アマノ君! どうしたの? 手品見せてあげようか?」
「さっき先生に注意されていたでしょう……。遠慮しておきます。」
「えー? 遠慮しなくていいのに!」
やめてくれ。本当にやめてくれ。
授業中に手品なんか見せられたら、今度は僕まで怒られる。
というか。
さっきからなんで、こっちをへにゃへにゃした笑顔で見つめてくるんだ?
怖い。
まるで僕の反応を楽しんでいるみたいで、もっと怖い。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴った。
だが、授業が終わり、昼休みが訪れたところで、僕の休息は訪れない。
なぜなら——。
「アマノ君ってさ、文字、綺麗に書くんだね!
えへへ、見ていい?」
隣の転校生が、机越しに身をぐいーっと乗り出してきたからだ。
「ち、近いですって……!」
僕は慌ててノートを閉じた。
別に大したことは書いてない。
黒板に書かれていることや、重要なことを書き写しただけ。ただ……見られるのが嫌なだけだ。
「え?隠すの?もしかして——」
ありすは、大げさに息を飲んで目を輝かせた。
「禁断の!|魔法の帳面とか!?」
「ちがいます。」
「じゃあ……秘密の日記とか!?」
「違います……!」
声が震えた。
周りの奴らがクスクス笑っているのが、嫌でも耳に入ってくる。
どうやら、この人は頭がお花畑のようだ。何故か僕に構い、周りの人たちへ嘲笑を誘う。わざとやってるのでは?と、疑ってしまうほどだ。
「アマノ君っておもしろいねぇ!」
「僕は普通です。」
「え?普通の子がこんなにびくびくしないよ?かわいい〜!」
「かわっ……!?」
一瞬、心臓が跳ねた。
同時に教室のど真ん中で、
「天野が可愛いんだとよ!」
という声が上がり、クラス全体の笑いが爆発した。
最悪だ。
机に顔を伏せたくなったが、転校生はそれを許さなかった。
「ねぇねぇ、アマノ君。今日さ、一緒に帰ろうよ!」
「は?」
今、なんて?
「他の子と帰ったら……」
「やだよ?アマノ君がいいもん。」
その瞬間
クラスの空気が、ピキッとひび割れた。
「……なんで天野なんかなんだよ」
男子の誰かが、小さくそう呟いたのが聞こえた気がした。
男子の視線。
女子の視線。
全部、僕の目に突き刺さる。
なんで、僕?
僕じゃなきゃいけない理由なんて、どこにもないのに。
転校生は、そんな視線の嵐など全く気にしていなかった。
「ねぇ帰ろ?ね?ね?」
無邪気に首を傾げ、笑う。
その笑顔は、子どものようで
でもどこか、底が見えなかった。
……やっぱり。
“この子は、普通じゃない。”
冷や汗がしっとりと、僕の頬を伝った時、
割り込むような形で数人の生徒が、転校生の席を囲うようにして集まった。
予想はしていたけど、ありすの周りはあっという間に人だかりになった。
「ねぇねぇ、ありすちゃん。どこから来たの?」
「その髪色って地毛?すごーっ!」
教室の中心に、ぽん、と置かれた火種みたいに、
ありすは笑って、喋って、はしゃいでいた。
僕の存在なんて、もう誰も見ていない。
今だ。
そっと椅子を引き、音を立てないように教室を出る。
「ん?」
途中、ありすが僕の方に気づいて、顔を人集りの隙間から覗かせると、何か言い始めた。
だが虚しいことに、その行動をかき消すのが生徒たち。余計な一言を兼ね備えた、大袈裟にいえば壁。
向かったのは、階段の踊り場。
昼休みにここへ来る生徒はいない。
僕にとっては“唯一の避難所”だった。
本当は屋上とか行ってみたいけど、残念ながら漫画のように屋上は立ち入り禁止。
「……はぁ」
ため息をそっと吐き出し、腰を下ろす。
鞄からおにぎりを取り出すと、それだけで少し手が震えた。
昔から、人前で食べるのが苦手だ。
いや、苦痛だ。
原因は分かりきっている。
あの時の記憶が、今でも喉を締めつける。
——あれは、中学生の頃。
給食の時間。
いつも通りお箸を持ち、普通に食べ始めただけだった。
そこで起きた、忘れたくても忘れられない“事件”。
事件と呼ぶほど大きなことではない……
はずだった。
だけど、僕にとっては人生を変える事故だった。
喉に、詰まった。
肉を噛んだ瞬間、息が止まり、視界が揺れた。
喉に異物が張り付いて、空気が吸えない。
「死ぬ」と思ったのは、あれが初めてだった。
後になってわかった。
その肉には有機高分子物質が混入していたらしい。
原因不明の異物混入で、よりにもよって僕がそれを引き当てた。
運が悪い、と笑われた。
クラスの全員に。
ついでに親にも。
『肉で喉詰まらせるとか、老人かよ』
嘲笑に包まれた。そうやって馬鹿にして、 みんな笑った。
苦しんでむせて涙を流す僕を、面白がって。
その日からだ。
自分の咀嚼音が怖くなり、人の視線が気になって、変なことしないようにって焦りすぎた影響で、
人前で食事をするどころか、
箸を持つだけで手が震えるようになったのは。
ここが一番落ち着く、一番の心の拠り所。
だから誰にも来て欲しくない。僕は学校にいる時は、なるベく誰とも関わらないようにしたい。
とりあえず、お腹は空いたのでおにぎり食べよう。
一口かじろうとした——その時。
「アマノくーん!」
げ。
声が響いた。
靴音が、階段を駆け降りてくる。
「いた! もう、どこ行ったのかと思ったよー!」
ぱっと視界が明るくなるように、
ありすが、満面の笑顔で目の前に現れた。
「…………なんで、ここに?」
「え?だって、アマノ君がいなくなったから。
探したらここにいた!」
当然みたいに言わないでくれ。
「いや……その、僕は一人で……」
「じゃあさ!一緒に食べよ!」
ぐいっと顔を近づけてくる。
僕は無意識に、おにぎりを後ろに隠した。
「え?なんで隠すの?」
「……別に。」
「食べないの?」
「食べます。」
ありすは、さらっと当然のように、座った。
体育座りをし、こちらをまじまじ見つめてくる。
螺鈿の瞳は、まるで鏡のよう。
食べたいけど、食べられない。
喉が圧迫されて、手が震えるんだ。何も無いはずなのに、心臓は激しく鼓動して、周りの音全てが怖くなる。
なんとまぁ、不便なものだろう。
喉が詰まるような感覚のまま、僕は震える声で言った。
「……ひとりで食べます。放っておいてください。」
たったそれだけの言葉だった。
なのに、胸が焼けるように痛む。
ありすは、ぽかんと目を丸くした。
けれどすぐに、いつものにこにこ顔に戻る。
「そっか。じゃあ仕方ないなぁ〜。」
明るい声。気負い皆無。
「他の子のとこ行ってくるよ。
それに、構想作りもしなきゃだし?」
「……構想?」
「うん!物語のね!」
意味はわからない。
でも、わざわざ説明する気はなさそうだ。
ありすはひらひらと手を振りながら、
階段を元気よく駆け上がっていく。
最後にちらっとこちらを振り返って、
「アマノ君、またあとでね〜!」
と、子どもみたいに笑った。
……僕は、その笑顔を直視できなかった。
階段の踊り場に、静寂だけが戻る。
なのに胸の奥は、妙にざわついていた。
時は経ち、放課後。
チャイムが鳴ると同時に、教室がざわめきに満ちた。
僕は誰よりも早く席を立ち、鞄を肩にかけて教室を出る。
今日は……疲れた。
階段の踊り場での時間が、思い出したくない記憶を全部引っ張り出してしまったせいだ。
胸の奥に、まだ重い石を入れられているような感覚が残っている。
外に出ると、夕方の光が伸びて街を橙色に染めていた。
風が少し冷たくて、歩くたびに靴音が乾いた地瀝青に響く。
「……ふぅ」
校門の前には、友達同士で喋る生徒たちが固まっていて、
僕はなるべく距離をとるように横を通り抜ける。
家までの道は、いつも通り静かだった。
住宅街の並木道。
犬の散歩をする老人。
郵便配達の二輪自動車。
見慣れた、変わり映えのしない景色だ。
そう思いかけた、その時だった。
「あっ!アマノ君!」
……なんでいるんだよ。
振り返ると、
制服のスカートを揺らして、ありすが全力で駆けてきていた。
道の真ん中で止まり、息を切らせながら笑う。
「はぁ……はぁ……やっと追いついた!」
「……どうしてついてくるんですか」
「だって一緒に帰りたくて!」
満面の笑み。
その明るさは、夕日の光をそのまま閉じ込めたみたいで……
まぶし過ぎる。
「僕は……別に……」
「いいよ?嫌なのは知ってるもん! でも、それと一緒に帰りたい気持ちは別だから!」
僕に拒否権はないのか。
……意味がわからない。
けれど、ありすは気にした様子もなく、
僕の隣に並んで歩き始める。
「今日ね!みんなに質問いっぱいされて大変だったんだよ〜。
髪の色とか、出身とか、好きな本とか! 答えてたら楽しくなっちゃってさ!」
「……そうですか。」
ありすの声を聞きながら歩くと、
なぜか学校より静かに感じた。
風の音と、靴音と、
時々聞こえるありすの笑い声。
「みんなのことを知っていけば……できる。」
ありすはそう呟いた。口角をにひっと上げて、歩幅がやや広くなった。
何か楽しみなことでもあるのだろうか?
「何がですか?」
「ううん、なんでもないよ〜!」
ありすは笑った。
だけど、その瞳の奥に、さっき教室で見せたどの表情とも違う“色”が一瞬だけ浮かんだ。
「ねぇ、アマノ君は一人っ子?それとも兄弟?」
どこからか、手帳を取り出し、警察の事情聴取みたく、情報を書き留めようとしている。
なんで?
まぁ、答えたくないわけじゃないし、質問にはちゃんと答えなければ。
「姉がいます。」
「友達は多い?」
「いません。」
「嫌いな奴は?」
「……い、え……っと。」
ちょっと、この質問はなんだ?
「その反応はいるんだね。タカハシ君とかかな?」
ご名答。と、言いたいが、まるで僕の心の中身を全て見破っているように言い当てた。
彼女は「ふんふん、なるほどー!」と、頷きながらしゃんしゃんと文字を書き起す。
「……えっと。なに書いてるんですか?」
「設定作り。みんなのこと知っておかないと、できないから。」
「……なにが?」
そう問うと、ふふん、と丸い目を細めて綻びの声を漏らす。万年筆をくわわん、と回して遊びながら。
「……人助けは、こっそりしないとね。」
「?」
眉が歪んでいるのが、自分でもよく分かる。この子は何かを抱え、秘密があるのだ。それを見えそうにしながらも、肝心なところが見えない。
例えるなら、身体が痒いのに、痒い場所が分からない。そわそわする感じ。
ありすは、鼻歌を歌い、横顔は凛としていた。
転校生が来てから、教室の空気はどこか落ち着かないままだった。
霧ヶ峰ありす——彼女は常に誰かに囲まれていて、笑っていて、
何かしら騒動の中心にいる。
けれど、その輪の中で浮かぶように、妙な違和感もあった。
明るいのに、“どこか可笑しい”。
そのズレに気づかない生徒たちの騒がしさが、逆に恐ろしい。
僕はというと、
昼休みは相変わらず階段の踊り場でひっそりと過ごし、
授業中はなるべく存在感を消していた。
……ただ。
困ったことに、ありすは全然諦めていなかった。
「アマノくーん」
「アマノ君、飴いる?鉛筆味。」
「アマノ君、帳面の字かわいい!」
距離感が近い。
やたら僕の席に来る。
そしてなぜか、教師に注意されてもまったく堪えた様子がない。
……こういう奴が、いちばん苦手だ。
「霧ヶ峰さん、凄い!」
「えへ〜、でしょ!」
現在は体育の授業だ。籠球で、体育館の床の上を走り回る、きゅっきゅっ、と言った音や、笛の音が密集している。
未だに転校生雰囲気満載のありすは、楽しそうに接触している。
「おーい天野、こっちこっち!」
男子数人が妙に楽しそうに声をかけてくる。
嫌な予感しかしない。
僕は仕方なく送球を受け取り、
運搬……したつもりが、球は変な方向へ逃げていった。
「なんだよそれ、下手すぎ〜」
笑い声。
胃の奥がじくじくと痛んだ。
馬鹿にされている、こんなこともできないのだから。
——その次の瞬間。
「ほら、受け取れよ!!」
叫び声とともに、
強烈な勢いのボールが飛んできた。
「ぇ。」
反応する間もなく、 直撃。
鈍い衝撃が顔面を襲った。
目の前が白く弾け、足元がふらつく。
温かいものが鼻を伝い、体育館の床に、ぽつりと零れた。
鼻血だ。
ざわめく体育館。
男子生徒たちの「やべ……」「ウケる」という声が混ざる。
僕は何も言えず、ただ俯いていた。
頭の中は妙に冷静で、いつもの事だ、と呆れていた。
しかし痛い。じんじんと、脈打つような痛みは収まることを知らない。
「アマノ君!!」
悲鳴のような声が体育館に響いた。
ありすがこちらに駆け寄ってくる。
その表情は、いつもの笑顔ではなかった。
見たことのないほど焦っていて、何故か……怒っているようにも見えた。
「ちょっとどいて!」
周囲の生徒を押しのけ、
僕の手首を掴む。
「い、いや……大丈夫ですから……!」
「大丈夫じゃないでしょ!!」
きっぱりと言い切る声。
普段のふわふわした口調とは全然違っていた。
「保健室行くよ。ほら、行こ!」
抵抗する間もなく、ぐいっと腕を引かれる。
僕の足は勝手に動いてしまい、
ありすに引っ張られる形で体育館を出た。
周囲の視線なんて気にしていない。
彼女の足取りは早く、
何かから逃げるようでもあり、
何かを追い払うようでもあった。
そして——
その手は、不思議なくらい震えていた。
「たのもー!……って、先生いない!?」
扉が外れかけるんじゃないかと思うほどの音を立てて、
ありすが保健室へ乱入した。
消毒液のつんとした匂いが漂っているのに、
室内には誰一人いない。
がらんとした空間が、妙に寒々しい。
「鼻血くらいどうってことないですって。
霧ヶ峰さんは早く戻ってください。」
「嫌だね!戻るもんか!」
あまりにも一直線すぎる返答に、
思わず変な笑いがこみ上げる。
楽しいとかじゃない。
どうしようもなくて、
諦めて漏れた笑いに近い。
「先生いないけど入っちゃえ!
ちり紙使って、上向かないでそのまま押さえて。安静にね!」
「……は、はい……ん?」
ありすは僕の手をぐいっと引き、回転式の椅子に僕を座らせる。肩をぽん、と叩いて。
「よし!」
彼女は満足げに頷く。
その顔が、近い。
近すぎる。
「霧ヶ峰さん、本当に戻った方が……」
「やだよ。アマノ君の血、止まるまで見てるもん」
「……見てなくても止まりますよ」
「ふふーん、そういう問題じゃないんだよ?」
ありすはにこにこしているが、
目だけがやけにまっすぐで、逃がしてくれない。
「ねぇ、アマノ君。
ほんとに痛くない?」
「……大丈夫ですよ」
「嘘」
即答された。
「……嘘じゃないです」
「嘘だよ。だって、顔が泣きそうだもん」
言われた瞬間、胸がぎゅっと縮こまった。
そんな顔、してたか?
いや、してたんだろう。
僕は思わず視線をそらす。
ありすは、その横顔を覗き込むようにして——
少しだけ声を落とした。
「……アマノ君って、さ。
ひとりで痛いの、慣れてるよね?」
「っ……」
心臓が跳ねた。
その一言は——
まるで僕のずっと奥にあるものを見透かしているみたいで。
さっきまでの騒がしい明るさが嘘のように、
ありすの声は静かだった。
優しいとも違う、
でも決して悪意ではない。
ただ、まっすぐで、逃げ場がない。
「……なんで、そんな顔するの?」
「…………別に、顔なんか……」
言いかけて、言葉が喉に詰まった。
ありすは静かに笑う。
その横顔は、
どこか寂しそうで、でも何故だか——
この世界を俯瞰しているように見えた。
そしてぽつり。
「アマノ君の“こういうの”、
これ以上は書かないようにするから」
「…………は?」
まただ。
“わからない単語”をさらっと出してくる。
ありすは、こちらの困惑なんて気にせず続けた。
「物語ってね、
ずっと痛いだけじゃ可哀想でしょ?」
螺鈿の瞳が、じっと僕を映す。
「だから……やめとくね」
胸の奥が、きゅうっと冷たくなる。
さっきまでの賑やかさが全部、舞台装置みたいに見えてしまう。
彼女は何を——“何を決めた”んだ。
その笑顔は優しくて、
でもどこか、天井から僕を見下ろしているようで、この世界にはそぐわない空気を感じた。
これにて、一旦閉幕。
またのご来場、お待ちしております。