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『ずっと好きなのに、私じゃないんだね。』第8話「大丈夫だから、帰らせて」
「……今くらい、俺に心配させてよ」
及川さんのその言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
そんなこと言わないでよ。
期待しちゃうじゃん。
彼女がいるのに。
私じゃない女の子を選んだのに。
どうして、そんなに優しくするの……?
「…………」
俯いていると、松川くんが私の顔を覗き込んだ。
「おい、○○。ほんとに保健室行くぞ」
「……あっ!」
私は、ふと思い出したように顔を上げた。
「あっ、薬の効果、効いてきたかも!」
にこっと笑って、ふたりを見た。
「これなら大丈夫! ありがと! 帰んなきゃ!」
そう言って、松川くんから自分の鞄を受け取ろうとした。
……早く帰りたかった。
だって、及川さんがいる。
こんなに近くにいたら、また好きだって気持ちが溢れてしまう。
今だって、顔を見るだけで泣きそうなのに。
「……は?」
松川くんが眉を寄せた。
「いやいや、さっきふらついてたじゃん」
「もう平気だよ!」
「お前なぁ……」
「ほんとに! 薬も効いてきたし!」
私は笑いながら鞄を抱きしめた。
「まっつん、ありがとね! 及川さんも、心配してくれてありがとう!」
ふたりにぺこっと頭を下げる。
「じゃあ、また明日ね!」
くるっと背を向けた、その瞬間。
「……待って」
及川さんの声がした。
……お願い。
今は、呼び止めないで。
「……なに?」
振り返ると、及川さんは真剣な顔で私を見ていた。
「本当に大丈夫なの?」
「うん!」
「頭、まだ痛いんじゃないの?」
「もう平気!」
「……○○」
及川さんが一歩近づいた。
「俺の目、見て答えてよ」
「…………っ」
顔を上げられなかった。
だって、見てしまったら。
きっと、また泣いてしまう。
「……大丈夫だよ、及川さん」
小さく笑って答える。
「心配してくれて、ありがとう」
その言葉を聞いた及川さんは、何か言いたそうに唇を開いた。
けれど、結局何も言わなかった。
代わりに、松川くんがため息をついた。
「……わかった。でも、ひとりで帰れんの?」
「帰れるよ!」
「家着いたら連絡しろよ」
「えー、まっつん、お母さんみたい!」
「誰がお母さんだ」
いつもの調子で笑い合う。
少しでも、いつも通りに。
そうしないと、泣いてしまいそうだったから。
「じゃあ、ほんとに帰るね!」
私はふたりに手を振り、歩き出した。
今度こそ、振り返らなかった。
*廊下に残されたふたり*
「…………」
私の後ろ姿が見えなくなってからも、及川さんはずっと廊下を見つめていた。
松川くんが隣で腕を組む。
「……お前さ」
「……なに?」
「何やってんの?」
「……は?」
及川さんが顔を向ける。
松川くんは呆れたようにため息をついた。
「彼女いるんだろ?」
「…………」
「なのに、あいつのことばっか気にしてさ」
「……別に、そんなんじゃ」
「じゃあ、なんなの?」
及川さんは答えられなかった。
自分でも、わからなかったから。
ただ、君がふらついた瞬間。
胸がぎゅっと苦しくなった。
君が「大丈夫」って笑った瞬間。
どうしようもなく、抱きしめたくなった。
そして、君が自分から離れていこうとした瞬間。
——嫌だ、と思った。
「……及川」
松川くんの声が、静かに響く。
「お前が何考えてるか、俺にはわかんねえけど」
少し間を置いてから、続けた。
「あいつ、今かなりしんどそうだったぞ」
「…………」
「頭が痛いのもそうだろうけどさ。それだけじゃねえんじゃね?」
及川さんの表情が固まった。
松川くんは、それ以上何も言わずに歩き出した。
「……ちゃんと考えろよ」
その言葉だけを残して。
ひとりになった及川さんは、スマホを取り出した。
君に連絡しようと思った。
でも、何て送ればいいのかわからなかった。
『大丈夫?』
さっき聞いた。
君は笑って、大丈夫だと答えた。
『無理しないで』
そんなこと、今さら言える立場なんだろうか。
「…………はぁ」
及川さんは、スマホを握りしめた。
そして、小さく呟いた。
「……なんで、俺じゃないところで泣くの」
その言葉を口にしてから、自分で驚いた。
……違う。
そうじゃない。
君が泣いていることが、悲しいんだ。
君が無理して笑っていることが、苦しいんだ。
なのに。
どうして自分は、君が自分以外の誰かに頼ることまで、嫌だと思ってしまうんだろう。
松川に支えられていた君の姿が、頭から離れない。
「……最悪だ、俺」
彼女がいるのに。
自分は何を望んでいるんだろう。
答えが出ないまま、及川さんはゆっくり歩き出した。
*その頃、帰り道*
「……っ、いた……」
校門を出て少し歩いたところで、私は足を止めた。
さっきまで平気なふりをしていたけれど、頭痛はまだ続いていた。
薬が効いてきたと思ったのは、本当だった。
でも、完全に治ったわけじゃない。
「……はぁ」
少し休もう。
そう思って、近くのベンチに腰を下ろした。
夕焼けが、空をオレンジ色に染めている。
及川さんと、彼女さん。
ふたりが並んで歩く姿が、頭に浮かんだ。
「……お似合い、だったなぁ」
ぽつりと呟く。
彼女さんはかわいくて、明るくて、優しくて。
及川さんが好きになるのも、わかる気がした。
私なんかより、ずっと。
「……っ、やめよ」
もう考えたくない。
今日はもう、何も考えずに帰ろう。
そう思って立ち上がったとき。
スマホが震えた。
画面を見ると、松川くんからだった。
松川:ちゃんと家帰れてる?
思わず笑ってしまった。
「……ほんと、お母さんみたい」
私は返信した。
○○:今から帰るところ!もう大丈夫だよ!心配してくれてありがとね☺️
送信して、スマホをしまう。
その直後。
また通知が届いた。
今度は。
及川徹:家着いたら連絡して
「…………え?」
画面を見つめる。
続けて、もう一件。
及川徹:あと、薬飲んだからって無理しないこと
そして、少し間を置いて。
及川徹:……お願いだから
「…………っ」
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
ずるい。
本当に、ずるいよ。
そんなふうに心配されたら。
まだ好きでいてもいいのかなって、思っちゃうじゃん。
でも。
私はスマホを胸に抱きしめて、ゆっくり目を閉じた。
「……及川さん」
小さく呟く。
「……私、どうしたらいいの?」
好きなのに。
大好きなのに。
あなたの優しさが、今は一番苦しい。
——つづく。
コメント
1件
第8話、読みました……。及川さんの「俺の目、見て答えてよ」からの一連のやり取り、胸がぎゅっとなりました。「お願いだから」のメッセージ、ずるいですよね。彼女がいるのに、どうしてそこまで優しくするんだろうって、主人公の気持ちが痛いほど伝わってきました。松川くんの「ちゃんと考えろよ」も、友達としての冷静な言葉で切なかったです。続き、どうなるんだろう……気になります。