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(最低……信じられない……)
家に上げて、私がいつも綺麗にしている部屋の中で、他の女に愛の言葉を囁きながら共に乱れ合う夫。
床には脱ぎ捨てられた服が散らばっている。
リビングは愚か寝室でもしたのかもと思うと気持ち悪くて吐き気がする。
そんな中でも私は手にしていたスマホで床に散らばっている服の数々と抱き合っている二人の姿を写真に収め、音を立てないように後退ると静かに靴を履いて玄関のドアを開き、鍵を締めてその場から逃げるように離れて行った。
(どうしよう……私、あの家に帰りたくない……貴哉と顔を合わせるのも嫌……)
完全に行き場を失ってしまった私はどうすればいいのか分からず途方に暮れる。
ひとまずどこかで時間を潰そうと駅前まで歩いて行く。
(カフェにでも入ろうかな……でも、その後はどうしよう……それならネットカフェに入った方がいいのかな)
駅前に着いた私は今日の夜をどこで過ごせばいいか悩んでいると、
「小西さん?」
コンビニ袋をぶら下げて歩いて来た男の人に声を掛けられた。
(誰……?)
悩み、俯いていた私が顔を上げて声の主に視線を移すと、
「杉野さん……?」
声を掛けてきたのが杉野さんだと分かり安堵した。
いつも会う時は仕事中という事もあって、スーツ姿の杉野さん。
だけど今日は休日だから仕事が休みなのか、黒のロングTシャツにベージュのチノパンを履いたラフな服装だった。
「小西さん、顔色が悪いようだけど、大丈夫?」
「あ……はい、大丈夫です……」
「大丈夫そうには見えないんだけど……」
いつもは仕事だから言葉遣いも丁寧なのか、今日は普段と違って口調が軽い印象の杉野さん。
だけど何て言えばいいのか、今の杉野さん相手の方が話しやすく感じてしまい、自宅で見たあの光景を誰かに話したかった私は、
「……っ、杉野さん……私、もう……無理かもしれません……っ」
瞳から熱いものが込み上げる中、優しく声を掛けてくれた彼につい弱音を吐いてしまった。
「とりあえず、場所変えよう。俺車で来てるから、こっち来て」
人混みの中という事もあってこのままここで話す訳にもいかないと思った杉野さんは場所を変えようと提案するや否や私の手を掴んで歩き出した。
そして五分程歩いたコインパーキングに着くと、一台の車の前で止まり、
「ここならあまり人も来ないから、中で話そう。乗って」
助手席側のドアを開けてくれた杉野さんが中へ入るように勧めてくれたので、コクリと頷いた私は言われた通り席に着いた。
「それで、何があったの?」
杉野さんは運転席に座ってドアを閉めるとすぐに先程の話の続きを求めてくる。
「……実は――」
話したいけど、思い出したくない。
そんな思いが交差する中で私は自宅で見てしまった光景を杉野さんに話した。
すると、それを聞いた彼は、
「そっか、それは辛かったね。いくら不倫してるって分かってても、実際に現場を見るはやっぱり複雑だよな」
そう言いながら、私の身体を抱き締めてくれた。
フワリと爽やかな匂いの香水が香る。
普段とは違って話やすい口調の彼。
抱き締められた事に初めは少し驚いたけれど、貴哉と不倫相手が抱き合っていて現場を目撃してから杉野さんに会うまでの間はずっと気を張っていた事もあって彼の温もりと優しさにその緊張はほぐされていき、一度は止まった涙が溢れ、ポロポロと零れ落ちていった。
「うっ、……ひっく……」
こうなると泣き止むどころか涙は溢れるばかり。
惨めさと悔しさ、色々な感情が入り混じって頭の中はぐちゃぐちゃで、私は杉野さんに縋りついて泣いてしまった。
その間中、彼は頭や背中を優しく撫でて慰めてくれた。
こんな人が私の夫だったら、どんなに良かった事か。
そんな有りもしない現実を夢見ながら、落ち着くまでひたすら杉野さんの優しさと温もりを感じていた。