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「……すみませんでした、もう、大丈夫です」
あれからどれくらい経ったのか分からないくらい、私は杉野さんの腕の中で泣いてしまった。
こんなに泣いたのは初めてなくらい、彼の温もりが安心出来たのだと思う。
「これからどうするの? 流石に今日は、帰れないんじゃない?」
「……そう、ですね……ネットカフェにでも泊まろうかなって」
「実家には頼れないの?」
「それは無理なんです、うちの両親は貴哉の事を信頼しているし、小西家との関わりを絶ちたく無いと思っているから」
「けど、不倫してる事を打ち明ければ流石に……」
確かに、娘の旦那が不倫をしていると知ったら、娘を大切に想う両親ならば力になってくれるかもしれない。
だけど、私の家は違う。
そもそも貴哉との結婚だって、小西家との繋がりを持ちたいから。
私の実家は小さな繊維工場を営んでいて、年々業績は悪化の一途を辿り、廃業に追い込まれていた。
それもあって私の結婚相手は金銭面の援助をしてくれる家との縁談を受けると決まっていて、何人か候補がいたのは知っていたけど一番金銭面の援助額が大きかった小西家が選ばれた。
結果、私は貴哉と結婚する事になった。
小西家は国内外に多方面との繋がりがある大手アパレルメーカー。
小西家と繋がる事によって仕事も斡旋して貰えるので関係を絶つ事はしたくない両親。
私は以前、両親に貴哉が不倫をしているようだと伝えた事がある。
けれどその話を聞いた両親は私の味方をするどころか責めたのだ。
「両親は知ってるんです、相談したら、『女の一人や二人いるくらいで騒ぐな、多少の事は目を瞑れ』と言われました。だから、頼る事は出来ない……」
私のその言葉は意外だったみたいで、それを聞いた杉野さんは黙り込んでしまった。
「それじゃあ私はこれで……」
これ以上杉野さんを拘束する訳にもいかないと、車を降りようとドアに手を掛けた、その時、
「行く所がないなら、ひとまず俺の所へ来なよ」
こちらへ近付きドアに手を掛けた私の手の上に自身の手を重ねながら、そう口にした。
「え……?」
「ネカフェなんてゆっくり出来ないし、金もかかるでしょ? わざわざ金を使う事なんて勿体無いから俺の家に来なよ」
確かにネットカフェじゃ休まらないだろうし、何よりもお金がかかってしまう。
実家に行く為に多少のお金を貰ってきたものの、この先何があるから分からないから手元に置いておきたいので出来れば使いたくない。
だけど、だからといっていくら何でも杉野さんの家に行くだなんて……。
「遠慮しなくていいよ。っていうか、俺が小西さんを放っておけないんだ。だからさ、家に来てくれない?」
放っておけないなんて、今ここでそんな台詞は狡いと思う。
本来既婚者の私が異性の家にお邪魔するだなんてしてはいけない事なのは重々承知しているけれど、行き場が無い私にとっては有り難い申し出だった。
「……それじゃあ、その、今夜一晩だけ、お世話になります」
少し悩んだ末、ひとまず今夜一晩だけお世話になって明日は帰る事を決めた私は、貴哉に『今晩は実家に泊まって明日の昼間には帰る』とメッセージで送った。
駐車場を出た杉野さんは高級マンションが建ち並ぶエリアへ車を走らせていく。
そして、その中でもひと際階数のあるマンションの前までやって来ると、その敷地内の駐車場に車を停めた。