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「さっ、32です」
「ええええーーーーっ!!」
そんなにびっくりしなくても。ここ、よろこぶところ? それとも?
「亮介、敬語だから私のこと年上だと思ってるとばっかり」
「いや、お客さんには敬語ですよ。そのまま抜けなくなりましたけど。未央さんめっちゃ若く見えますね」
ほめられてる? ほめられてるよね?えーっ、へーっと言っている亮介に、未央は恐る恐る聞いてみた。
「32じゃ、だめだった?」
亮介はにっと笑うと、テーブルに肘をつき、顔の前で手を合わせてはーっと息を吐いた。
「僕、もともと年上好きなんです。初めて年下を好きになったと思ってました。でも何歳でも、未央さんのこと好きなのは変わらないです」
未央はホッとして胸を撫で下ろす。これでも年齢にはナーバスなんだよ。
「亮介は、このまえ大学院卒業したって言ってなかった? 28ってことは留年めっちゃしてたとか?」
「ちょっと! 違いますよ。大学卒業して、すぐ父の会社に入ったんですけど、知識が足らなさすぎてついていけなくて。なんとか3年勤めたあと、仕事セーブさせてもらって通信の大学院に入りました。経済学を学び直して、それで戻ってきた感じですね。きょうは本社で会議があったんで、スーツ着てます」
んんっ? 戻ってきた? 本社で会議? なんか頭の中がごちゃごちゃして整理できない。
「戻ってきた? 私がmuseに行き始めたのは1年半くらいまえで……えっと……??」
亮介はキョトンとしている。えっ? なに? どういうことですか?
「僕の名刺、渡しときますね」
上品な革の名刺入れから、名刺を1枚渡してくれた。以後お見知りおきを、と言われて。
『株式会社 M.Cafeホールディングス コーヒー部門 エグゼクティブマネージャー 郡司亮介』
「えむ、かふぇほーるでぃんぐす……」
驚きすぎて何も言えない。M.Cafeホールディングスは全国展開する大手喫茶チェーン店の親会社、日本で知らない人はいない。お父さんの会社ってことは……。
ひええええーーーーーっ!!「ごっ、ごめんなさい、わっ……わたし、何も知らなくて……」
あまりの衝撃で、声が上ずる。いやちょっと待って、えっ? ただのバイトくんじゃなかったの? 泡吹いたカニは溺れる寸前だ。
「museは、うちの会社の唯一の直営店なんです。他の全国展開している店舗はすべてフランチャイズです。まずmuseでいろんなメニューを試験的に出し、反応をみて全国展開するかどうか決めています。
大学院にいる間は、本社から離れてmuseにバイトみたいな感じで勤めてました。卒業してからも、museで動向をチェックしたくて、この4月からは本格的にmuseに詰めるようになりました。来年度は本社に戻る予定です」
開いた口が塞がらないとはこのこと。へぇ……といったまま、未央は動けなくなってしまった。
「謝ること何もないです。むしろすみません、ちゃんとお話してなくて……」
亮介は申し訳なさそうに下を向いた。
いやいやいや、そんなのいいけど、私なんかでいいんですか逆に。未央の顔がサーッと青ざめる。
「未央?」
「亮介、ほんとに私でいいの? もっといいひと──」
お決まりのごとく、話は途中でさえぎられ、チュッと軽くキスされる。マスターのヒュウーという口笛が聞こえた。
「ちょっと、ここお店……」
「未央がいい。未央じゃなきゃいやだ」
亮介のじっと見つめる視線が痛い。ハートのビームで撃ちぬかれてるみたい。わかった、十分わかりました。「わたし、どうすればいい?」
「なにも? そのまま僕に好かれててください」
へ? 好かれてて? 驚いたり、ときめいたり、青ざめたり。きょうは心の中がめちゃくちゃだ。
メモしたことは他にもあったけど、衝撃すぎて聞く気になれなかった。
イタリアンをあとに、自転車を引いてふたりで歩いていく。夏の生ぬるい風も、ふたりでいると気にならない。
「亮介って、次期社長ってこと?」
「うーん、どうですかね。やりたいとは思いますけど、やらせてもらえるかはわかりません」
やりたいんだ……。すごいな目標があって。目標……そうだ、レシピ開発部の件、返事考えないと。
「未央、あした仕事は?」
「昼からだよ」
「じゃあ心配ないですね」
え? なんの心配? 未央はいじわるそうな顔でみる亮介が、何か企んでいるようでドキドキが止まらなくなった。
「サクラにごはんあげたら、僕の部屋にきてくださいね」
心臓がわしづかみにされたくらいぎゅっとなる。きょうはどんなことされるんだろ。未央はゴクンと唾を飲みこんだ。