テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
41
817
その夜。
こさめは病院の屋上にいた。
冷たい風が吹く。
フェンス越しの街の灯りは、
ぼやけて滲んで見えた。
🦈「……っ」
涙が止まらない。
しゃがみ込んで、
ぎゅっと頭を抱える。
分からない。
どうしたらいいのか。
渡せば、
すちは生きる。
でもその代わり、
こさめは少しずつ壊れていく。
渡さなければ、
こさめは残る。
でも、
すちが消えてしまう。
そんなの。
どっちも嫌だった。
🦈「……なんでぇ」
掠れた声が夜に溶ける。
好きな人に生きてほしいだけなのに。
どうしてこんなに苦しいんだろう。
その時。
ふと、
ポケットの中で何かが触れた。
メモ帳。
こさめはぼんやり開く。
丸っこい字が並んでいる。
『すちは左手繋ぐの好き』
『こさめが笑うと安心するらしい』
『水族館いく』
『絶対一緒に行く』
ページをめくる。
『最近ちょっと忘れる』
『でもすち好きなのだけは消えない』
そこで、
こさめの手が止まった。
文字が滲む。
胸が痛い。
怖かったんだ。
本当はずっと。
忘れるの。
すちが“知らない人”になる未来が。
🦈「……やだ」
ぽろっと零れる。
その時だった。
🍵「こんなとこいた」
後ろから声がした。
振り返る。
病院着のままのすちが、
息を切らして立っていた。
🦈「……っ!? すち!?」
こさめは慌てて立ち上がる。
🦈「なんで来たの!? だめじゃん!」
🍵「起きたらいなかったから……」
🦈「だめ!!」
思わず声が強くなる。
すちは少し目を丸くした。
こさめは泣きそうな顔のまま、
すちへ駆け寄る。
🦈「倒れたらどうすんの……!」
🍵「ごめん」
🦈「ごめんじゃないし……」
怒ってるのか、
泣いてるのか、
自分でも分からなかった。
するとすちは、
苦しそうに息を整えながら笑う。
🍵「……迎えに来た」
その一言で、
こさめの涙腺がまた壊れる。
🍵「こさめちゃんが一人で泣いてる気がしたから」
優しい声だった。
ずるいくらい。
こさめは唇を噛む。
🦈「……こさめ、弱い」
🍵「うん」
🦈「すちが苦しそうなの見ると、何も考えらんなくなる……」
すちは静かに聞いていた。
こさめは震える声で続ける。
🦈「でも、忘れるのも怖い」
🦈「すちのこと分かんなくなるの、やだ……」
その瞬間。
すちはゆっくり、
こさめを抱き締めた。
細い腕。
弱い体温。
でもちゃんと、
ここにいる。
🍵「……大丈夫」
耳元で、
優しい声が落ちる。
🍵「もし忘れても」
こさめが息を止める。
すちは少し笑った。
🍵「俺がまた、こさめちゃんのこと好きにさせるから」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!