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その日、魔王さまは本当に私を心配してくださって、やさしく抱きしめたまま、それ以上なにもせずに一緒に寝てくださった。
私はもう大丈夫だし、心も落ち着いていたから、いつも通りで良かったのに。
だけど、そういうところよね、と思って、ますます大好きになった。
本当に大切にしてくれているから、それが嬉しくてむしろ、病み上がりだろうと抱いて欲しい。なんて思ってしまうくらいに。
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次の日は王宮に行かず、魔王さまのお部屋で、魔王さまのにおいがするベッドでごろごろと過ごすことにした。
というか、外出は控えて休みなさいと言われて。
ある意味、初めての休日と呼べるかもしれない。
シェナも疲れているだろうからと、同じように休みをもらって、一人で過ごしているはずだ。
「朝はつい、王都の街の人たちを治癒しに行かなきゃ、なんて思っちゃったけどね」
聖女と呼ばれるようになって、その気になって仕事にしてるんだもの。
「一日くらいお休みしても、いいわよねぇ」
ちゃんと休んで、頭の中も、整理し直さないといけないこともあるし。
昨日、落ち着いてから色々と教わったことも含めて――。
**
――私が病的に凹んだ原因は、主に魔力が暴走しかけていたせいだった。
それから、大切なママとパパのことを忘れていたのは、自分の心を護るための、防御反応だったらしい。
思い出を忘れているという状態にして、この異世界での生活に全力で慣れようと、いわば本能的なトリアージ、取捨選択が行われていたのだ。
そうして数カ月が経ち、転生した新しい体にも馴染みかけていて、異世界にも心が慣れ始めていて、ちょうどその防御反応が薄れかけていたところに――私の願いが叶っていたという事実を知った瞬間に――事故の直前、人の優しさを見抜く力を欲しながら死んだことを思い出して……。
その時は、ママとパパのことも考えていたものだから、その想いや記憶の全てが、直結して一気に押し寄せ過ぎてしまったのだ。
本当にタイミングが悪い。
ある意味、これ以上ないくらいにドンピシャで噛み合ってしまった。
フラッシュバックのように家族の思い出がよみがえって、ママとパパが恋しくなった。
そして、二人は私が死んでしまったことを絶対に悲しんでいるのに……自分はのうのうと、何なら楽しく充実した日々を送っていたことが、許せなくなった。
一体どうして、忘れるなんてことが出来ていたのか。と思って、思いきり憎しみを込めて自分を責めてしまった。
その上、体は魔力が暴走しかけていて、絶不調に陥っていて――という。
なんという完璧で、最悪なタイミングだろう。
あやうく心が死んでしまうところだったのよ、とリズに聞かされて、そのショックで貧血を起こしかけた。
それとは別に――相手の強さを見抜けると思い込んでいたのに、見えていたのはおそらくは優しさ、だった件について。
これで強さを見誤ったせいで、勇者に一撃をもらってしまったのだ。
……次からは、シェナに聞くことにしよう。
あの子はどうやら、相手が自分よりも強いかどうか、推し量ることが出来ていそうだから。
……まぁ、優しさが見えるというのも、人を見る時の判断材料になるし、信用していいかどうかの見極めも、しやすいかもしれない。
――整理するべきことは、このくらいかなぁ。
だけど……となると、第二王子と陛下は、比較的安心してお付き合いできるのね。
逆に第一王子はLv.20くらいとか……意味が分かっていたらあの時、生かしておくべきかどうか、もっと悩んでいたと思う。とんでもない要注意人物だ。
あれだけ酷く脅しておけば、大人しくするはずだけど……。
「ふぅ……。いっぱい考えごとをしたわ。疲れたからもっかい寝ようっと」
まだお昼にもなっていないし、お休みは半日以上残っているから。
……あぁ、そうだ。
悪い貴族を懲らしめに行くのに、変装用の衣装を考えなきゃ。
目を隠す仮面と、服は何がいいかなぁ。
動きやすくて、可愛いのがいい――。
**
――その話は、魔王さまにもしていた。
とにかく、可愛いのを考え中なのだと。
そしたらこのお昼過ぎに、食堂で皆と一緒にご飯を食べて、やいのやいのと賑やかな時間を楽しんで部屋に戻ると……。
「お前に似合いそうな服を、イザリスと一緒に考えて、作らせておいた。まだ試作だがな」
どうやら魔王さま、聖女の衣を見た時から、魔族にも良い仕立て屋が居ることを示したかったらしく……。
その懲らしめ用の衣装が、ベッドに置かれていた。
「こんなの、いつの間に?」
試作だというわりには、かなり意匠の凝った金の刺繍が施されている。
「サプライズというやつだ。だが、喜ぶかどうかというよりも、お前は俺のものだという事を示さなくてはならんからな」
仰っている意味が、サプライズの後から分からなくなってしまいましたけど……。
「は、はい……」
でも、頷くしかないよね?
ただ、パッと見ただけで格好いいのは分かった。
アオザイ――というのが一番近い。
でも、あれはたしか、長袖だったような。
真っ黒な生地でノースリリーブの、金の刺繍入り。デザインは何か分からないけど、複雑な模様で衣装を物凄く引き立てている。
なのに……胸元はざっくりと開いているし、両サイドのスリットがたぶん、胸の辺りまで切れ込んでいる。
それに……ズボンが……ありません。
考案者に、リズが含まれているから……もしかするともしかしなくても……下は履かない、ということだろう。
――バカなの?
よく見ると衣装の側に、メモ書きも置かれてある。
『私があげたアレ、履きなさいねぇ?』
――バカなの?
あんな……あんなの履いてこんなの着たら……歩けないじゃない。
「魔王さま。私は痴女じゃないですからね? これじゃあ、丸見えみたいなもんじゃないですか」
「問題ない。これには認識阻害の魔法を織り込んであって、見ようと覗き込んでも見えないように作ってある。それをもう一段強いものにするために、まだ試作の段階、というわけだ」
そんなに自慢げに言われても……。
だけど、その丸見えなことを置いておくことが私に出来るならば……着てみたい。
アオザイぽくて着たら絶対に可愛いし、刺繍とかもう、物凄く格好いいのに――。
「ちなみに、スリットの深さは気にしなくてもいい。帯剣ベルトも別に作らせてあるからな。それで留めれば完成だ」
「あ……はい」
リズめ――。
そして魔王さまも、リズと趣味が似ていらっしゃる?
これもう、今更断れない感じだし。
露出さえ気にしなければ本当に……。
――あぁぁぁ、もういいや。
見えないというのを信じて、これを着て悪い貴族を懲らしめよう。
「えっと……。魔王さま、仮面はどんな感じですか?」
「ふっ。仮面など付けずとも、と言いたいが……一応、グィルテの許可も取ってあってな」
「竜王さんの許可、ですか?」
「ああ。あいつの本来の姿の、顔をイメージしたイカツイやつを作らせてある」
かっ……可愛いやつが……。
――ああ!
だから衣装も黒ベースなんだ。かなりの漆黒っぷりなのは、そういうことかぁ。
って、納得してる場合じゃ、なーーい!
「い、いかつくない方が、うれしいですけど……」
「気にするな。どうせはっきりと見えんように施している」
「あ……はい」
――うん。知ってたの。
こういうので言い出したらきかないタイプだって、知ってたのよね。
なぜかセンスがいいだけに、拒否する気持ちも強く出てこないし……。