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りた ~伝説のちくわ~
「貸して、それ」
登校中のバス停。真っ白な息を吐きながら、彼は僕の手から半分開いたままの単語帳を奪い取った。
かじかんだ指先が、僕の手の甲に一瞬触れる。
「あ、ちょっと……返してよ」
「いいから。……ほら、これの意味は?」
彼はぶっきらぼうに問題を出しながら、空いた方の手を僕のコートのポケットに突っ込んだ。
驚いて隣を見ると、彼はそっぽを向いたまま、耳まで真っ赤にしている。
「……寒いんだよ。お前のポケット」
「僕のポケット、別にあたたかくないよ」
「うるさい。いいから覚えろ」
ポケットの中で、居場所を探すように彼の大きな手が、僕の指先に触れた。
冷たい風が吹くたびに、繋いでいないはずの手の熱だけが、体の芯まで溶かしていく。
バスが来るまでの五分間。
世界で一番不器用な「おはよう」を、僕たちはポケットの中で共有していた。
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