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【彼の視点】
夢の中。
何処までも空虚で暗闇に彼はいた。
芝生に顔を近づけたときの、湿っぽい土の香りが漂う。雨の臭いに、少し似ている。
目覚めてすぐ、肺や心臓を押さえつけてくる閉塞感にあえぎ、状況を理解する。
ここは、棺の中だ。
出られない。
生き埋めになっている。
蛆が皮膚を食い破ろうとしているの蝕知して、彼は悲鳴を上げようとした。声は出ない。乾ききった舌と唇が、痙攣的に震えるだけだ。
『大丈夫です』
闇の中、少女の声がした。幼さを残しながらも、冷静で、思慮深さをたたえた声音。
『ここはもう、土の中じゃありません』
「……蛆、蛆が、這って」
『傷の縫合は済ませました、安静にしていればすぐ回復します』
「……身体が、食べられる……」
『大丈夫、私がついています』
「助けてくれ……食べられて……身体が消える……誰か」
少女が自分を安心させようとしているのは、わかっていた。
それでも、縋るような声が自然と漏れた。
ふと、手の中に、しっとりと柔らかい、不思議な温かみを感じた。
微かな燐光をまとった白い手が、彼の手をそっと包み込んでいた。
その手がもたらす感触が、靄を晴らすように、彼から不安を取り去っていく。
『消えないよう、私がずっと握っています』
その声は、耳の奥に優しい余韻をそっと残した。
もう、悪夢は見なかった。
いつの間にか、朝になっていた。
彼が目を覚ました時、リゼは解剖台に突っ伏して眠りこけていた。
「『あ、起きた』」
二人の少年少女が声を上げる。
少年の方が言う。
「リゼは徹夜の処置で疲れててさ。俺たちを見張り役にして、ちょっと眠ってもらってる」
「……何故だ? せめてベッドで休ませるべきでは……?」
「だって、言ってもどかないんだもん」
彼は起き上がろうとして、違和感に気づく。
リゼは眠りながらも、彼の右手を両手で包み込んでいた。
「……そうか、俺が、甘えたせいか」
彼は小さく息をついた。
夢の中、周囲が見えなかったとはいえ、こんなにも小さな少女に縋ったのか。
手を振りほどく代わりに、彼はリゼの髪を優しく撫でた。
「……ありがとう、お医者様」
彼は眠ったままのリゼに言った。
普段は、リゼの届かぬところで、ステラに投げかけれる言葉だ。
もしリゼが起きていれば、さぞ喜んだことだろう。
彼女にこの言葉が届くのは、まだ、もう少しだけ先――。
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