テラーノベル
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退院してから、一週間。
愁斗は以前と変わらない生活に戻っていた。
学校へ行き。
バイトへ向かい。
施設へ帰る。
医師からは「無理はしないように」と何度も言われていた。
けれど。
その言葉を守れる生活ではなかった。
ある日の夕方。
二人は河川敷を歩いていた。
夕日が水面に反射して、川が金色に輝いている。
『最近どう?』
「……元気。」
『本当に?』
「うん。」
『また”大丈夫”って言うだろ。』
愁斗は少しだけ笑う。
「今日は言わない。」
『お、成長したな。』
「……ふふ。」
ほんの少し。
笑う時間が増えてきた。
ひでは、それだけで嬉しかった。
ベンチに腰を下ろし、他愛もない話をする。
学校のこと。
バイトの失敗談。
施設の小さな子どもたちの話。
「昨日、一番下の子がね。」
「転んで泣いちゃって。」
『愁斗が慰めたの?』
「うん。」
『なんて?』
「……大丈夫って。」
二人で笑う。
『その言葉、自分にも使えよ。』
「無理。」
『なんで。』
「……難しい。」
少しだけ沈黙が流れる。
夕日がゆっくり沈み始める。
「そろそろ帰る。」
『送るよ。』
「歩ける。」
『知ってる。』
「じゃあなんで。」
『一緒に帰りたいから。』
愁斗は少しだけ照れくさそうに笑った。
並んで歩き出す。
その時だった。
愁斗の足がふらつく。
『愁斗?』
「……っ。」
一歩踏み出そうとして、その場で止まる。
呼吸が浅い。
顔色がみるみる白くなっていく。
『座ろう!』
「……へいき。」
『平気じゃない!』
「大丈夫……。」
一歩。
また一歩。
無理やり歩こうとした瞬間だった。
視界がぐらりと揺れる。
「……っ!」
膝から力が抜ける。
『愁斗!!』
ひでがとっさに体を支える。
腕の中へ崩れ落ちた愁斗は、驚くほど軽かった。
「……ごめ。」
それだけ言うと。
目を閉じた。
『愁斗!!』
肩を揺する。
返事はない。
唇は真っ青だった。
呼吸はある。
でも、とても浅い。
ひでは震える手で救急車を呼ぶ。
『お願いします!』
『高校生です!』
『急に倒れて……!』
電話を切ると、愁斗の手を握る。
『起きろ。』
『愁斗。』
『頼むから。』
初めてだった。
こんなに怖いと思ったのは。
救急車のサイレンが近づく。
救急隊員が駆け寄ってくる。
「お名前は?」
『愁斗です!』
「持病は?」
『……分かりません。』
その一言が胸に刺さる。
何も知らない。
好きな食べ物も。
本当に辛い時の表情も。
どれくらい無理をしてきたのかも。
何も知らない。
ストレッチャーへ乗せられる愁斗。
救急車のドアが閉まる。
その瞬間。
ひでは心の中で強く思った。
(もう。)
(絶対に、一人で無理なんてさせない。)
夕焼けの空だけが、静かに二人を見下ろしていた。
コメント
1件
にこにこさん、第8話読ませていただきました。愁斗の「大丈夫」が、もうその言葉自体が危険信号みたいになっていて、胸が痛かったです。ひでが「一緒に帰りたいから」と言ったあの瞬間の優しさと、その直後に崩れ落ちる愁斗の対比が切なくて……。最後の「何も知らない」という気づきに、自分もはっとしました。まだ8話、これから二人がどう変わっていくのか、すごく気になります。丁寧な心理描写に引き込まれました🌷
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