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にこにこ
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にこにこ
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救急車のサイレンが、夜の街へ響き渡る。
ひでは処置室の前で、ただ立ち尽くしていた。
時計の針だけが、ゆっくりと進んでいく。
1分。
5分。
30分。
その時間が、とても長く感じた。
やがて、診察室の扉が開く。
「ご家族の方ですか?」
医師の言葉に、ひで一瞬言葉を詰まらせる。
『……いえ。』
『友達です。』
「そうですか。」
医師はカルテを閉じる。
「前回の貧血から十分に回復しないまま無理を続けたことで、かなり数値が悪くなっています。」
「ですが、少し不可解な点があって、前回よりもしっかり血液検査を行いました。」
「検査の結果は後でご本人にお伝えしようと思います。 」
「治療が必要なため、しばらく入院になります。」
その言葉に、小さく息を吐く。
助かったんだよね…
それは、よかった。
その安心と同時に、
“しばらく”
という言葉の重さが胸に残った。
翌日。
学校が終わると、ひでは真っ先に病院へ向かった。
エレベーターを降りる。
病室の前まで歩く。
コンコン。
『愁斗?』
返事はない。
ゆっくり扉を開ける。
ベッドはきれいに整えられていた。
誰もいない。
『……あれ?』
ナースステーションへ向かう。
『すみません。305号室の愁斗って……』
「あぁ。」
看護師は微笑んだ。
「少し歩く練習をしたいって、中庭へ行かれましたよ。」
病院の中庭。
夏の日差しが木漏れ日を作っている。
花壇には色とりどりの花。
ベンチ。
噴水。
その奥で。
点滴スタンドをゆっくり押しながら歩く愁斗の姿があった。
病衣姿。
少し痩せた背中。
それでも空を見上げながら、静かに歩いている。
『愁斗。』
名前を呼ぶ。
振り返る。
「あ……。」
少しだけ笑った。
「来たんだ。」
『毎日来るって言っただろ。』
「……ふふ。」
その笑顔が嬉しかった。
二人はベンチへ腰を下ろす。
風が吹く。
木々が優しく揺れる。
『どう?』
「退屈。」
『だろうな。』
「早く退院したい。」
『今回はちゃんと治してから。』
「……うん。」
珍しく素直だった。
少し沈黙。
蝉の声だけが響く。
愁斗は空を見上げる。
「……病院って。」
『うん?』
「静かだね。」
『そうだな。』
「施設は。」
「毎日うるさい。」
笑う。
「今頃、ケンカしてるかな。」
『きっとしてる。』
「先生、困ってるだろうな。」
その笑顔は、本当に施設が好きなんだと伝わってきた。
「ねぇ、ひで…くん、」
『初めて、名前呼んでくれたね』
「いや…?」
『ううん。すっごく嬉しい』
『ひで、って呼んで?』
「いや…先輩だから、君付けしたい。」
『先輩じゃないけどな?』
「先輩だよ。タメ口だけど。」
『そっか。じゃあひでくんで』
「うん。」
『それで、何か話したかったんでしょ?』
「あ、うん。俺ね 」
「俺さ。」
「再生不良性貧血。」
『え??』
「なんだって。」
『それって……』
「指定難病なんだってさ。」
『なお…るの、、?』
「わかんない。」
「そんな、暗い顔しないで」
『するだろ…』
「俺は…大丈夫。」
『……また強がって…。』
「ん??」
『なんでもない』
鼓動が早くなるのを
隠すので必死だった。
しばらく話したあと。
愁斗が立ち上がる。
「戻ろっか。」
『うん。』
点滴スタンドを押して歩き始める。
一歩。
二歩。
その時だった。
ピタッ。
愁斗の足が止まる。
『……?』
「っ……。」
小さく顔をしかめる。
『どうした?』
「なんでも……。」
一歩踏み出す。
でも。
次の瞬間。
「っ……!!」
腹部を押さえる。
顔色が、一気に変わる。
『愁斗!?』
唇から色が消えていく。
真っ青だった。
呼吸も浅い。
「……い、たい。」
その一言だけ。
次の瞬間。
ガタン!!
点滴スタンドが倒れる。
愁斗の体が前へ崩れ落ちた。
『愁斗!!!』
ひでが抱き止める。
体は熱くも冷たくもない。
ただ力が入っていなかった。
目は閉じたまま。
返事もしない。
『誰か!!』
『先生!!』
病院中に響くほどの声だった。
看護師たちが駆け寄る。
「ストレッチャーお願いします!」
「バイタル測ります!」
「先生呼んで!」
慌ただしく運ばれていく愁斗。
その手が、
一瞬だけ。
ひでの制服をぎゅっと掴んだ。
『大丈夫。』
『ここにいる。』
『絶対、ここにいるから。』
その言葉が届いたのかは分からない。
でも。
掴んでいた手は、ゆっくり力を抜いた。
処置室の扉が閉まる。
ひでは、その前から動けなかった。
初めて見た。
“痛い”
と口にした愁斗。
今まで、どれだけ苦しくても。
「大丈夫。」
そう言い続けてきた愁斗が。
初めて弱さを見せた。
その一言が。
ひでの胸から離れなかった。
コメント
1件
愁斗が初めて「痛い」って口にした瞬間、胸がギュッと締め付けられました。ずっと「大丈夫」って言い続けてきた子が、唯一見せた弱さ。それを間近で受け止めたひでの「絶対、ここにいるから」という言葉が、優しくて切なくて……。中庭の木漏れ日や蝉の声が、静かな時間を描き出していて、お二人の距離が少しずつ縮まっていく感じも素敵でした🌿