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タイトルみて「…もしや、」って思ったらやっぱジェスだった‼️ このお話読むと、ほんとに「ピクシス」みたいな場所があればいいのにな…とちらっと思うんだよね👀
Red
「ふう。マスター、今日もおいしいよ」
いつものアメリカンコーヒーを飲んで、カウンターの向こうのマスターにそう告げれば、彼は照れたようにはにかむ。
「嬉しいです」
なぜだか毎回、俺には赤い色のカップアンドソーサーで出される。炎みたいで、ファイアレッドという色の名前があったようななかったような。
カウンターの2つ隣に座る人は、桃色のマグカップだ。
もしかしたら、お客さんに合わせた色で出してくれているのかもしれない。チャンスを見て訊いてみよう。
とそのとき、頭にズキンと痛みが走る。
「んっ…」
顔をしかめてうつむいた。
俺の脳内に居座る、脳動脈瘤。難しい場所にあって手術はできなかった。それが神経を圧迫して、最近は頭痛がひどいんだ。
「あの、大丈夫ですか」
マスターとは違う声がした。見れば、桃色のカップの男性だ。心配してくれてるのかもしれない。
「ああ…大丈夫です」
そんなこと自分でもわからないんだけど、とりあえず答えた。
「もしかして脳…ですか」
え。つぶやいて、彼を見上げる。ヨーロッパを彷彿とさせる整った顔立ちだった。たぶん同年代くらいだろう。
「そう…です。脳動脈瘤で」
ここは、終末期の患者が集う場所だ。だからこの人も、それなりの「経験」を積んだはず。
それらを積み上げていった先に待つものは、もうわかりきっている。
「そうなんですか。俺は、脳腫瘍で」
まるで今日の天気について世間話でもするような軽快さだった。
「…近い、ですね」
彼もうなずいた。もうそれだけで十分だった。
近しいところを感じて、俺はほっとする。
「ここのコーヒーって…飲んでたら楽になりますよね」
俺が言うと、彼ははっとしたように小さく口を開けた。
「そう…確かにそうですね。だから来たくなるのかも」
その会話を、マスターは静かな微笑みで聞いている。
「俺、ここに来るのは2回目なんです。最初に来たとき、カフェオレを飲んだらすっと痛みが引いて。不思議と、そこからしばらく症状が落ち着いて、また来ようって」
話す彼の表情は柔らかくて、とても腫瘍を抱えている人とは見えない。
きっと「この場所」が、俺も含めて彼をそうさせているんだろう。
彼はカフェオレを飲み干したらしく、立ち上がってマスターに代金を渡した。
「ごちそうさまでした。また来ます」
そう言って俺にも会釈し、出口へと向かうが。
動きが止まった。彼はこめかみを押さえ、小さくうめき声を漏らす。俺は反射的に立ち上がった。
「大丈夫ですか。レスキュードーズはどこに入ってます?」
彼は痛みに歪んだ、それでも驚きに満ちた顔を向ける。「リュックの、ポケット…」
背中のリュックサックのポケットを開けると、ピルケースが一つ。中を見れば、オピオイド系の錠剤があった。
サイドポケットに入っているペットボトルと一緒に渡す。
受け取って薬を飲んだ彼は、少し息を整えたあと口を開いた。
「…やっぱり似てるんですね。わかってくれる」
確かに、俺だって速効性のある薬剤であるレスキュードーズは使っている。でもあえて首を振った。
「医者やってたんです」
「……あぁ、だから」
俺はうなずく。
後ろからマスターの声がした。「お医者さんだったんですね。それは知らなかった」
「でも、余命を知って辞めました。自分で痛いほどわかってたから。全部諦めることしかできなくて」
マスターは寂しそうに唇の端を上げただけで、桃色のカップを片づけ始める。
「ありがとうございました。それじゃあ、また」
彼はいくらか清々した顔で笑い、ドアをくぐっていった。
続く