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「また新顔増えたな」「へい、こちらはアルタリアの隣国、オーブ国の者。こちらはラヴァリン王国宮仕えの下男下女達でございやす」
アルタリアの衆が来るようになってからというもの、湯汲みの衆は日に日に増えていった。
アルタリアは商業の国であるから、諸国の大商人が出入りしており、大商人ともなれば様々な商いを手広く行っているし、常に新しい儲け話を探している物である。
温泉水がアルタリアにあれば、その発信力はラヴァリンの比ではない。第二王女様が御自ら持ち込んだ物であるという箔も相まって、評判はたちまち諸国に広がった。
そんな訳で、アルタリアの衆は日に日に増えるし、アルタリアと深い関係にあるオーブからも人員が集められ、こうして派遣されてきた。
グレンヴァル山はラヴァリンの軍事防衛の要なので、どこの国でも大歓迎とはいかないので(今の世でラヴァリンの地を狙う者が居るかはともかく)ラヴァリン王国でも人員を増やそうという事になり、シトリンの命令で城仕えの者達も交代で湯汲みに来るようにもなった。
で、その仕事ぶりなのだが、アルタリアの者達はやはり手早い。その仕事振りは相変わらず見事なものだ。
ラヴァリンの男衆はと言うと、なかなかどうして、同じくらいとはいかないまでも、ずいぶんと熟達してきた様子だ。少々殺気立って見えなくもないが。
元が負けず嫌いな連中であるので、アルタリアの衆に対抗心を(勝手に)燃やして、気合と根性で追いつこうとしている。
なんと、増員された者達に指導するまでになっているのだから、大したものである。
その指導を受けている者達の手際はと言うと、まあ並である。並というか、一般的というか、ラヴァリンの男衆がこの仕事を始めた頃と大して変わりはない。
ラヴァリンの男衆はアルタリアの衆の働きぶりと自分達を比べ、己のなんと不甲斐ない事かと嘆いていたが、アルタリアから来た者達が厳選された超一流の者達だったというだけで、彼らが特に無能という訳では無かったのである。
しかし本人達の目には、最初に比較対象として目にアルタリアの衆が焼き付いてしまっていて、増員された者達の働きぶりは認識の外にある。自分達がその、未熟な者達の指導をしているというのにだ。
この山も、ずいぶんと賑やかになったものである。ほんの数ヶ月前まで、人間は誰一人として寄り付かなかったというのに。
(ところで………)
賑やかなのに、観光客が来ていない。一度、シトリンが主導して五人の男女が訪れて以来、一度も来ていない。
安全上の懸念を伝えはしたが、その場しのぎとは言え解決策も出たはずで、観光登山が失敗したとも聞いていないのに、どういう事なのか。
「おい、ハグノス。少し聞きたいことがある」
「へい、なんの御用で」
赤竜は、ラヴァリンの男衆の中で最年長であるハグノスを呼び寄せた。
シトリン王女や、騎士団長のディデルが居るなら、指揮をする人間として彼らに聞くが、居ない今だと年長者のハグノスがリーダーという事になるので、彼に尋ねる事にした。
「少し前に、シトリンが観光客を連れてきただろう。あれから一切来ていないが、何か不都合でもあったか?」
自分が伝えた懸念が、シトリンの計画の妨げになっているのなら、それを取り除く提案もしなければならないと思っているから、そこをハグノスに尋ねたのだが、尋ねられたハグノスの様子がおかしい。
ぎょっとしたように背筋を震わせてから、居心地悪そうにドギマギとして、視線があちこちに泳がせている。
「あー……そいつは……不都合って訳じゃねえんです。アルタリアのお姫様がここに来たいって言ってるらしくてですね、その調整をしてるって訳で………」
ハグノスはそこまで言うと、さらに言いにくそうに続ける。
「それで……大きな声では言えやせんが、そのお姫様ってのがシトリン様以上のお転婆で、自分が行くまで空けといてほしいって駄々をこねてるらしいんで………」
普段の豪快で歯に衣着せぬハグノスのイメージからはずいぶんとかけ離れた話しぶりで、声量もかなり抑えているが、よく響く洞窟内では丸聞こえだ。
他国の姫をその召使いの前でお転婆呼ばわりしたのであるから、その事を注意しておかなければいけない。
「そういう話はもう少し言葉を選んでじゃな………」
赤竜が呆れながら、アルタリアの者達の方に目をやった。自分の主君をお転婆などと言われて、腹を立ててはいないだろうかと心配したのである。
しかし、案に相違して、アルタリアの者達は全員、ハグノスの同意するようにうんうんと首肯する仕草をしている。
続いて、ラヴァリンの下働き達も、同じようにうんうんと頷いて、アルタリアの者達の方に顔を向け、お互いの苦労を労い合うような視線を交わしている。
お転婆な姫に振り回されている身として、
お互いに通じるものがあったようだ。
「なるほどな、事情は分かったが、その姫はいつ頃来るのだ?いつまでも観光客を止める訳にも行くまい」
赤竜の知る所ではないが、アルタリアの第二王女ソラヤは、シトリンが観光登山させる客として最適と感じていたが、相手の都合を慮って諦めた相手だ。
それが向こうから観光登山を希望してくれたとなると、シトリンとしてはこの機を逃してはならないと必死になるだろう。
だからソラヤのために観光客を止めているのだが、自国民をいつまでも蔑ろにしては、不満が募る事もあるだろうと懸念が湧きもする。
「あの……そこなんですがね………」
「どうした?」
「あの………明日来る事に決まっておりやす………これが決まったのが先月の事で……へへ………」
「明日!?」
そう。ハグノスがらしくもなく言い淀んでいた理由はこれである。
竜神様に、姫の言葉を伝えるよう仰せつかっていたのに、それを伝えることを忘れていた。赤竜が聞かなかったら、当日ソラヤ王女がやってくるまで、その事実が伝えられる事は無かったのだ。
赤竜は呆れて、はぁ〜〜〜と長い溜め息をついた。粗忽な者達であるが、最近はきちんと仕事をしていると思った矢先にこれだ。
荷運びの者達は、ハグノスはもちろん他のラヴァリンの男衆達も、アルタリアの衆も、新たに増員された者達も、一様に申し訳無さそうな顔をして俯いた。
この瞬間だけは、皆、竜神様と呼ぶようになった赤竜が、恐怖の対象だった日々を思い出していた。
「まぁ………過ぎたことを今更悔やんでも仕方あるまい………。明日、粗相無くもてなせば、問題は無かろうて」
不幸中の幸いではあるが、赤竜は来るもの拒まずの姿勢で居るし、誰が来ようと、どんな身分の者が来ようと、人間の決めた制度から外れている赤竜には関係の無いことだ。
アルタリアの、それもソラヤ王女の配下も居るのだから、なんとかなるだろうと、そう思うことにした。