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「ねー、木道整備とかしないの?お金はこっちで出すからさー」 翌日、予告されていた通り、アルタリア王国第二王女、ソラヤ・アル・カマルがラヴァリン王国にやって来た。
登山は明日だが、シトリンとお喋りがしたいと言うので、部屋に通してお茶などしつつ、温泉事業について雑談などをしている。
ソラヤが望んでいるのは、より多くの荷を運ぶために、馬や荷車を通せる道を作りたいということ。
登山道は火山灰による柔らかな地面やゴロゴロとした岩が転がっているから、荷車の車輪などまともに通れはしない。馬に荷を運ばせるにしても、山道を歩かせるには、そこそこに熟練した馬子が必要だし、大事な馬が怪我でもしたら一大事だ。
そんな訳で、ソラヤは木道の整備を提案してきた。ラヴァリンの懐事情が良くないのは知っているから、資金援助までしようという気概まで見せている。
「いくらソラヤの頼みでも、それは出来ないの」
「なぁんでぇ〜?」
「だって、グレンヴァル山は国防の要よ。そこに道を示すのは、温泉事業の外の事だから、私にはどうにも出来ないの」
もしラヴァリンが敵国の侵攻を受けた際、グレンヴァル山を迂回させる事が前提の防御体制が敷かれていて『ここが道でござい』と示してしまうのは、国防上よろしくない。
かつての血で血を洗う領土戦争が頻発していた頃ならともかく、今ラヴァリンの地を狙う者があるかは別として、国防の事は担当の大臣や軍部が決める事で、シトリンには手が出せない領域の話である。
「ぶーーっ!」
「ダメなものはダーメ」
ソラヤが、幼児がやるような膨れっ面をして怒っているとアピールするが、シトリンはどこ吹く風という風姿で受け流して、優雅な仕草でティーカップ傾けた。
まるでやんちゃな子供と母親のようだが、二人は年齢の近い親友である。なんなら、ソラヤの方が年上である。
「む〜〜〜っ、分かった………これは諦める………」
ソラヤの仕草にも顔つきにも、不満が満ち満ちているが、これ以上は他国の内政に踏み込む事になると、ソラヤ自身も理解しているので引き下がらざるをえない。
アルタリアのお国柄から来る教育方針によって、ソラヤは実に奔放に育てられ、その結果、王女らしからぬお転婆ではあるが、決して愚かではなく、教養は持ち合わせているから、引き際は心得ている。
「でも、わたしが山に登って温泉に行くのは問題無いよね?」
今回の外遊の理由は、温泉の調査である。評判のあの水が湧き出す場所に行き、その効能の程を見極めて来るという名目である。
これまでは、適当に理由をでっち上げては遊びに来ていたが、今回は真っ当に理由を付けてやって来たのである。
ラヴァリンとアルタリアの間には、常に荷(そのほとんどが温泉水)を運ぶ荷馬車や船が行き交っているから、その列に姫を加えるくらいの融通は利いた。
「もちろん。でも、気をつけてほしい事もいくつかあるから、聞いてちょうだいね」
「はーい」
シトリンの頼みに、ソラヤは素直に返事をした。
元来、気は素直な少女であるし、郷に行っては郷に従えと教えられているから、友人の忠告を真摯に聞き入れるつもりだ。
「それじゃあ、ひとつひとつ順番に教えていくわね。まず、ドレス姿じゃ危ないから、きちんと山登りできる格好をする事」
当然の話であるが、登山には登山に適した格好というものがある。
ソラヤもまさかドレス姿で登ろうとはするまいが、最低限必要な装備がある事を説明しておく必要がある。
「はーい、それは分かってるから大丈夫。靴と鞄と、もちろん服も用意してるから安心して」
「さすがソラヤ、準備が良いわね。それじゃ二つ目、なるべく自分の力で登る事。ソラヤの召使いさん達も同行するけど、道中は自分で歩く事」
グレンヴァル山から温泉水を運び出すために、アルタリアから送られてきた人員。これは、ソラヤ王女配下の者達だ。
その気になれば、ソラヤは一歩も歩かず温泉まで行く事だって出来るが、『誰でも登れる』事を証明する実証実験なのだから、王女とて例外にするわけには行かない。
「へーきへーき、砂漠に比べれば山くらいなんてこと無いって」
アルタリア王国の国土は、その多くが砂漠であり、その柔らかい上に吹き溜まりなどで起伏に富んだ道を行く事と比べれば、登山くらいなんの事も無いというのがソラヤの言である。
実際、王女という身分でありながら、そこらを駆け回って遊んでいるような娘だから、体力的問題は無さそうだ。
「よろしい。でも、登山道は外れちゃダメよ。登山道さえ守れば安全だけど、そこから外れて亡くなった人も居るんだから」
シトリンの口調が、なにやら学問の先生のような物になってきたが、きつく注意をしようだとか、ソラヤを諭そうという意図ではない。単なる、仲良しならではのごっこ遊びである。
「はーい、先生」
ソラヤもそれに乗っかって、先生と生徒ごっこを始めた。
グレンヴァル山は、登山道を守れば楽に登る事が出来る。しかし、無理な登山をした者が命を落とした結果、長きに渡り禁足地となった事も事実であるので、そこは強く伝えておく必要がある。
「さて、最後の注意事項は、お湯の湧き出す洞窟には、巨大な身体を持つ竜神様いらっしゃるので、粗相の無いよう丁寧な態度を取る事」
温泉事業は、竜神様ありきで成り立っている。もし機嫌を損ねて、山に立ち入れなくなりでもしたら、入浴はおろか、汲み出しすら出来なくなり、温泉事業は終わりを迎えるだろう。
「それは気をつけるけど……もしかして竜神様って怖い?」
シトリンの物言いが妙に重々しいので、ソラヤは警戒心を膨らませた。
荷を運ぶ者達の間でそういう噂が立っているとか、竜とは恐ろしい物だとか、そういう話は聞いていないが、巨大で、尚且つ超常とも言える癒しの力を持つ存在だ。
そういう存在には、それ相応の謂れがあるのが世の常で、扱いを間違えた時に起こる災いも大きいというのもまた、世の常である。
ゆえに、ソラヤの警戒も大きい。
「それは大丈夫よ。とっても優しい方で、怒鳴ったり暴れたりはした事なんて一度も無いわ」
ソラヤの不安を払拭するように、シトリンは笑顔で答えた。
実際の所、赤竜が悪戯心で男衆に脅しをかけた事はあったのだが、本気で怒っていた訳ではない事は男衆も理解しているので、触れないでおいた。
「本当?」
「本当よ」
「本当に本当?」
「本当に本当よ。そんなに疑わなくても大丈夫」
いつの間にやら先生と生徒のロールプレイは終わり、いつもの二人に戻っていた。