「オルラドくん。言い忘れていたけど、君、明日は休日出勤ね。ダンジョン研修の引率、よろしく頼むよ」
ある日の昼時。
学長にこう突き付けられて、俺――アデル・オルラドの久しぶりの休みは泡と消えた。
本来なら、休日出勤をすれば代休が与えられる。
しかし、そんなものは今まで一度たりとて与えられたことがない。
幻だとすら思っている。
もちろん休日出勤手当が出るわけでもなく、要するにただのサービス出勤を命じられたわけだ。
そもそも、今日でもう50連勤め。
やっと明日は思う存分寝られると思ったら、これだ。
「急にそんなことを言われても困ります。それに普通は事務員ではなく、教員が引率しなければならないんじゃ――」
普段はしないのに、ついついこう反論してしまう。
ダンジョン研修とは、ダンジョンと呼ばれる魔物の出現する危険地帯に出向き、生徒に実践戦闘を指導する実践教育だ。
ただし、生徒全員が魔法をうまく使えるわけではない。
中にはほとんど魔法を使えないような生徒もいる。
そのため通常は魔法が得意な教師が引率し生徒を守りながら指導をおこなうのだが……、俺はただの事務員である。
学校内の清掃、修繕、洗濯、お茶出し、生徒の事務対応、書類の書き写しなどが主な仕事だ。
本来、直接指導をすることはないし、なんなら所持魔力は0である。
しかし、そんな意見が取り合ってもらえるわけもなく…………
「なにを言っているんだい、オルラドくん。
できないじゃなくて、やってもらわないと困るんだよ。そうじゃないと、君みたいな字が早く書けるだけが取り柄の三十路を採用した意味がないじゃないか。
……まぁクビになりたいなら話は別だけどねぇ」
にたりと笑みを浮かべながら、こんな脅し文句が告げられれば、俺には返す言葉がなかった。
実際、俺のような曰く付きの人間を雇ってくれる職場など、他にはない。
このサント魔法学校は、王都から馬車で三日、早馬でも二日近くかかる田舎にある。
そのため事務員の成り手が少なく、俺は採用されたのだ。若くて働けそうだから、という理由で。
年齢が三十路に乗った、30であることもある。
首を切られたら、次の職場を探すのは至難の業だ。
俺が黙り込むしかなくなって俯いていたら、肩が叩かれる。
「もうダンジョンへの入場は申請してあるから。もしなにか事故があったら、そのときは君の責任だからね。じゃあ、頼んだよ」
こう残して学長は帰っていった。
まだ昼過ぎのことである。
俺がその夜、雑務などに追われて日が変わる頃まで残業を強いられたのとは、対照的だ。
当然不満は覚えたが、下っ端たる俺に発言権はなかった。
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