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私は彼に釘付けになっていた。
学園祭の盛り上がりの一つの音よりも、
彼の声が言葉が静寂の中でこだまするようだった。
お兄さんと思わしき男性は、
薄くなった笑みを保ったまま。
一切顔色を変えない。
その姿がなぜか、彼らは兄弟なのだと私は思った。
「いや…こういう話はよそう。今は学園祭中なんだ。僕は話に来たわけじゃない」
彼はクインテッド君を突っぱねるように立ち上がる。
「話すなら二人だけの時にしよう。お嬢さんが困惑する」
お兄さんの声にハッとする。
「そんな…気を遣わなくて、いいですよ」
私は車椅子の隣に身を潜めるように、足を抱え込んで座る。
声を発するのに一苦労だ。
彼が、声を発した驚きで喉が詰まりそうだった。
もしかして、クインテッド君は今の私のように
声が出せないでいたのだろうか。
「いえいえ、僕は委員会の仕事もありますから。お二人で楽しんで」
お兄さんは軽やかな足取りで、人の隙間を縫って行った。
残された私達はお互いに声をかけることはなく、
まだ終わっていない劇場を見ていた。
彼がどう思ってるいるのか知りたい。
どうして彼の前だと声を出せたの。
それに何の話をしていたの。
聞きたいことは沢山あるのに、言葉にできない。
それはきっと、お互いのためだよね。
でも貴方は、彼の部屋に訪れて話をするのでしょう?
それがまた私には、一人にされたようで苦しい。
つらつらと書き綴るのは自分の日記。
また今日も繰り返し動いてしまう手に、がんを飛ばす。
数時間眠ったような気もするが、気付けば書き殴っている。
「明日からどう過ごしていけばいいのかなー」
彼の声について知りたいが聞きたくない。
それを知って、彼との関係性が危うくなるのも嫌。
私は気持ちの矛盾ごとミリーを抱きしめる。
「あの手紙も読んでくれたのだろうか…」
そういえば彼の鞄に手紙を入れた時、中には沢山の手紙が既に入っていた。
何か重要そうな封筒のようで覗かなかったけれど、
あれは一体何なのだろう。
「見てみようか」
行動に移す力だけは我ながら凄いと思う。
私はミリーをベッドに置き去りにして、彼の部屋へ向かった。
時計は、深夜二時を回っている。
見回りの先生と出くわしたら運の尽きだ。
「走って行った方が早いかな…いや、でも音でバレるかな」
独り言を呟きつつも、忍足で駆けて行った。
「全然余裕じゃん。ほら、もう彼の部屋の前」
一階に下って一番端の扉を叩く。
耳を扉に貼り付けて生存しているか確かめる。
けれど、物音一つ聞こえてくることはない。
「また寝てるの?」
静かに問いかけてみるが、反応はない。
壁をぶち破るのがいいかもしれない。
と思いつつ、ドアノブをひねると鍵はかかっていなかった。
一人でに開いていく扉の先に、彼はいなかった。
その伽藍堂の部屋が私を悲しい気持ちにさせていく。
やっぱり、お兄さんの元へ行ってしまったんだ…。
けれどそこで、私の視界は突然覆われる。
「うわっ…なに」
覆っていたものが人の手だと分かる前に、それは離れていく。
気付けば、部屋の中に押し込まれるように入っていた。
「すみません。乱暴な真似をして」
お兄さんだと思った。
「立ち止まられても困りますから」
私が振り向いた時、それはお兄さんではなかった。
「クインテッド君…じゃん…」
彼は扉を締めながら平然と立っていた。
普通の人のように動いていた。
それ自体は何も悪くないのだけれど…。
「車椅子はどうしたの?」
彼は自立していた。
辺りに車椅子は見当たらない。
「あなたの後ろにありますよ」
「えっ…後ろは見たけ…」
その瞬間、世界に沈む。
彼に押されたと分かる前に、倒れ込むように座らせられる。
後ろには車椅子があった。
「ちょっと、なにす…」
立ち上がろうとしたが、彼は私のすぐ傍まで迫っては見下ろしていた。
絶壁のような暗い影に睨まれているようだった。
その威圧的な彼に、私は言葉が出なかった。
まるで別人のような荒々しい態度に、身体が動かない。
エメラルドの瞳は不自然に怪しく光っている。
逃げることさえ出来ない。
怖い。
そう思った時、彼は突如床にしゃがみ込む。
脚を抱え込みながら、何もかも塞ぎ込むように。
あまりに突然のことに、私は黙って見つめるしかなかった。
心臓の音が聞こえてくるまでの間、沈黙はあった。
彼が口を開く。
「許せないんです…私にも言いたいことが山程あるというのにっ…」
彼は泣いていた。
そして、あまりに饒舌に話していた。
温度がなかった声色は感情的に、
悲しみを自分にだけ抱えて泣く声になっている。
「ど、どうしたの…急にそんな…」
恐怖はなくなっていたが、困惑していた。
私は深くはまった穴から抜け出すように、
車椅子から降りて彼の傍に立った。
けれど、近付こうとはしなかった。
「残念です、ほんとに残念な事なんです…」
あれほど動かなかった首を左右に振りながら、
現実を拒んでいるようだった。
「えっと、全然意味が分からないんだけど」
「ええ、結構です。これは血縁関係の問題ですので…」
私はその言葉を聞かなかったことにした。
「うーん、問題は置いておいても私が突き飛ばされたのはどうして…?」
「すみません、本当に。それについては理由もなく、感情が高ぶってしまったものでして」
分かるような分からないような彼の言葉。
それに、失声は跡形もなく消え去っている。
一体、彼はどうしてしまったのだろう。
「えっと、まあさ。それで納得は出来ないけど、何があったの?貴方には」
間髪入れず、答える彼。
「それはお話するまでの事ではないのです。僕の…僕の家庭の血縁問題ですので」
私が耳に入れたくない言葉を彼は再び口にする。
お子様そのもののように泣き言を吐く彼に、
私は腹が立ってきた。
「血縁って…お兄さんも言ってたよね。やっぱさっき話に行ってたんだ?}
彼は腕に顔を埋めたまま、頷く。
「当たり前です…こんな問題をそのままにしてては、僕が生きる道がないままですので」
私は彼との関係に悩んでたのに、
そんな必要もなかったようなお粗末さだった。
「おじさんを知れるかもしれないこの機に…他に何を考えると言うのです」
彼は何のお構い無しに言い放った。
「まあ、貴方にとっては大事な話かもしれないね。病気も治ってるし」
私は毒を吐くように言う。
「そうです…命をかけるほどの話です。貴方には分からないような話かもしれません」
「分からないような、ねえ」
彼は腕の中から顔をわずかに上げる。
でも、エメラルドの瞳は見えなかった。
私が今どんな顔をしているか、
一回でも見ろって話だ。
「手紙に書いていたんです。やはりおじさんは、僕を売るための商売道具として育てていたのだと」
彼が向く地面には封筒や紙が散らばっていた。
それらは全て封が開けられていて、
彼が目を通したものだと分かる。
その数枚を拾って見てみる。