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「手紙に書いていたんです。やはりおじさんは、僕を売るための商売道具として育てていたのだと」
彼が向く地面には封筒や紙が散らばっていた。
その一枚を拾って見てみる。
「さあ、早く帰っておいでクインテッド。そこの檻からでは手を差し伸べられない」
「クインテッド。俺はお前の美しさを誰よりも知っている。お前が商人に売れれば、俺たちは幸せになれる」
「夢だと言ってくれ。お前がまだ生きてるなら、会いに来てくれ。あれは事故だ。すまなかったと思ってる」
手紙には、彼を欲するような内容ばかりだった。
「送り主がクインテッド君の言う、おじさんなの?」
彼は問いかけに静かに首を振る。
「今は…僕のお父さんだそうです…」
「え?その人は貴方のお父さんだったの?」
けれど、彼はまた首を振る。
エメラルドの瞳を閉じたまま。
「そう、兄が言っていたんです。でも…僕は父親ではないと思っています…」
こんな手紙を送る人が父親であろうと、なかろうと
受け取る方は不快な気持ちになるに決まっている。
彼は沈んだ声で言う。
「他人だからこそ出来る事だと思うんです。僕を殺そうとすることも」
私は彼のその閉じた瞼をあげるように言う。
「その人を他人としても、お父さんとしても
存在は変わらないと思うけどね」
床に散らばった手紙を集めながらに言う。
「こんなものを捨てずにいたのも、貴方にとっては言葉を受け取りたかった相手なんじゃないの?」
私から見れば、どれも気持ちのない文章に思う。
「この文はそのおじさんが書いたものじゃないかもしれない。
クインテッド君もこんな事をするような人だと思ってなかったんでしょ?」
彼は肯定と思わしき動きを一つもしなかった。
だからといって、私の言葉も否定せず黙っている。
「私の言ったことに分かる節があるから、頷かないんだよね?」
私は彼の隣にしゃがみこむ。
同じ高さの視点の瞳に、光は無い。
石像のように動かない彼の肩に手を置く。
「ね、聞いて?驚きすぎだよ。冷静に考えてみて?」
それは彼が、平然と声を出したことに驚いている
私と似ているようだった。
「これ誰からもらったの?本人からってホントなの?」
彼は何も言わない。
見たところ、数十通もの茶封筒が似たような字体で書かれている。
これくらいの字体なら、私の気まぐれに任せた文より統一性がある。
「多分、同じ人だとは思うけど。だいぶ感情のない文だよ」
クインテッド君を失って悲しいと嘆く割に、
見世物のように整った字。
速達と表して届けられている割に、
時間を惜しむ間はあるように、
一寸の狂いもない直線的な横列。
「全く私とは大違い。私がこんな人で良かったって思うほどにね」
感情ごと文字に刻む、私が分からないはずがない。
これはテンプレの文章だ。
そして、その中には未だ未開封のまま投げ出された花柄の封筒が一つ。
「私の文面を読んでから、他のを読んでみればいいよ」
誇ったような自信が沸いた私は、彼の前にそれを差し出す。
「あぁ、これは。貴方と初対面の時にもらったものでしたか…」
彼は確かにそう言った。
私はその言葉に耳を疑った。
「え?違うよ…?初対面って言った?」
彼は私の反応に目を瞬かせている。
「そんな…ついこの前、病院へ行く前にもらいましたよね」
彼の言っている事は事実だ。
しかし、私が彼と初めて出会ったのはそこではない。
「渡したのは病院へ行く前だったけど、もっと前から一緒に授業受けてたじゃん」
受け取ったまま、動かない彼は覚えがないようだった。
私は項垂れていた彼と桜の下で出会って、
それから授業やら涙やらがあったはずだ。
けれど彼の視界はいつも地に落ちて、
もぬけの殻のようだった。
「もしかして…貴方は意識がなかったの?」
彼は黙ったまま頷いた。
それが彼の病のせいか私には分からなかった。
大切な人を失うと、声や身体の力のみならず、
意識さえも滞ってしまうのだろうか。
とはいえ、目の前の彼は私としっかり意思疎通が出来ている。
ほんの少しだけ悲しい気もしたけれど、
私以上に悔やむ彼の表情を見逃さなかった。
「ま、いっか!これから思い出作りすればいいだけだしね」
本当は彼が唇を噛み締めているのが、
私との時間を思ってくれたものならばいいなと
思った。
私はしゃがみ込む彼をささっと立ち上がらせると
「他のお手紙は嘘っぱちだから捨てちゃいな!ちゃちゃっと」
散らばった封筒をまとめて彼の前に差し出す。
「書いた人が本気じゃないってのは分かったんだし、確かめたらどう?信じたいなら信じて、確かめればいいよ」
「いえ、でも僕は殺されかけて且つ、ここに送り込まれたわけで…」
また塞ぎ込もうとする彼の手をとる。
彼は階段で私の手を取ったこともきっと、
覚えていないのだろう。
エメラルドの瞳は驚いていた。
「どうして手を握るんです…?」
それはあの時、私が聞いた言葉だった。
「一緒に行こ。そのおじさんとやらのところまで!気になるなら聞けばいいんだよ」
「なんて単純な…」
彼は呆れたような顔で目を逸らす。
「貴方は絶望を知らないから。そんなお気楽でいられるのです」
捨てるように吐く彼の視点に映り込む。
「そうだよ、私は貴方の絶望も病気も血縁も。何もかも知らない他人様だよ」
エメラルドの瞳が私を捉える。怒りや憎しみ、悲しみの全てが混ざっている。
「だからといって、ほっとけも出来ないの」
彼の心に不純物がたまらないように、
私は強く伝えた。